RPGの世界に勇者転生したやり込みゲーマーの世界冒険譚
レネ
第1話 ノワ王国の秘宝
<ノワ王国宰相 サイード・ワーズ>
夕刻、ノワ城の執務室で、いつものように書類に目を通して分類していると、廊下からカチャカチャと大勢が歩いてくる音が聞こえた。
この時間に兵達が隊列で歩いているのかと不思議に思い、私は書類を箱に戻して立ち上がった。
すると、突然、数人の近衛兵達が大きな音を立てて入ってきた。一人の近衛兵が抜刀し剣を向けてくる。
ただならぬ様子に私は身構えた。
「一体どうしたというのだ。」
私の言葉に構わず、兵達はズカズカと近づくと、私を乱暴に
「愚かな・・」
まるで罪人を扱うかの如き振る舞いに、私は思わず
戸惑いながら周りを眺めていると、元老のハルメリア卿が兵達の後から現れた。
「ハルメリア卿…。」
理解が追いつかない私を見てハルメリア卿がほくそ笑む。
「サイード・ワーズ宰相、貴方を王子殿下殺害の罪で投獄する。」
ハルメリアが言った言葉が理解できなかった。
王子殿下殺害とは一体なんだ・・
ハルメリアを見上げながら状況を理解しようと努める。
「構わん。地下牢に連れて行け。」
そう言い放った顔が冷酷にこちらを見みる。
私は罪人として逮捕されるというのか。それも王子殺害の容疑で。
私はハルメリアに向かって言った。
「ハルメリア卿、一体どういうことか。殿下は、ラフィは殺されたというのか。」
「あぁ。サイード、貴方が、殺したんだ。」
−−−
ノワ城の地下にある牢獄。
サイードは暗闇の中にいた。
ラフィ王子は本当に殺されたのだろうか。
何故ハルメリアが逮捕に現れたのか。
サイードはじっと思いを巡らせる。
若く聡明だったラフィ王子を思う。
来年迎えるはずだった王子の成人の儀を皆が心待ちにしていた。
いったいどこで何があったというのだ。ラフィが死んだ、殺害されたというハルメリアの言葉は到底信じられなかった。
暗闇の中で時が経過するにつれて、サイードは深い悲しみと悔しさで震えはじめた。
ラフィ王子や忠誠を誓った亡き前王との約束を反芻する。
(すまない…)
サイードは頭を冷たい床に打ちつける。
何度も何度も悔しさがこみ上げて来たが、暗闇の中で時を待つよりほか無かった。
投獄から2日ほど経ったころ、地下牢に向かってくる複数の足音が聞こえた。
(遂に来たか。)
処刑の時が来たのだとサイードは思った。
自身の処遇がどうなるか、察しはついていた。
取り調べや拷問を受けることもなく、また、食事や飲み物すら与えられず、日に3度の見回り以外は誰も訪れることは無かった。
足音に耳を傾け、サイードは歩いてくる者達に目を凝らす。
現れたのは3人。サイードは3人を注視する。
胸当てやサイブーツ、そして剣が簡易剣帯で腰から下げられている様子から冒険者だと判別できた。そのうち一人は獣人のようだった。ノワの王都で獣人を見かけることはほとんどない。
彼らはサイードの前まで来ると携帯ランプを灯した。鉄格子の前で若い男が笑顔を向ける。
「僕はエルマーと言います。こっちはメリッサで、こっちはリゲルです。」
この場に相応しくないような揚々とした挨拶が不思議な感じを与えた。
「僕たち冒険者なんです。」
サイードは驚きつつ聞き返す。
「冒険者がなぜここに?」
「あなたに会うためです。」
エルマーは明るく言った。
「誰かの依頼か。」
「依頼を受けたわけではありません。僕たちがあなたに会いたかったんです。あなたはサイード・ワーズですよね。」
「あぁ。そうだ。」
サイードは名乗ると、少し咳き込んだ。
丸2日の間、何も口にしておらず、声を出すと喉が痛んだ。
「大丈夫ですか。もしよければこれを飲んでください。」
エルマーは鉄格子の隙間から水筒を渡した。
得体の知れぬ冒険者からの申し出だったが、サイードは躊躇せず水筒を受け取り、そのままゴクゴクと飲んだ。
「変わった味だな。」
「ええ、薬草を煎じたお茶です。健康に良いんですよ。秘密の隠し味も入っています。」
「そうか。」
そう言ってサイードは苦笑いを浮かべた。
普段は思慮深い性格だが、2日間の投獄からか死を前にしているからか、用心するということが頭から抜けていた。謎の茶の味とともにそのような自分を少し苦々しく思った。
「大丈夫ですよ。元気になるはずです。」
エルマーは笑顔で、だがつかみどころのない雰囲気で話した。
サイードの顔色が戻って来た様子を見てエルマーは話し出した。
「僕たちがちょうどノワの城下町にやってきたときに、この国の王子の崩御と、宰相であるサイードの逮捕が伝えられました。」
エルマーは淡々と話す。
「街では多くの人が王子の死を悲しんでいるようでした。あなたの逮捕は陰謀じゃないかって話してる人達もいましたよ。王子もそうですが、サイードも街の人たちから人気があるみたいですね。」
「そうか…」
「それで、明日があなたの公開処刑だっていうんで、急いでここまで来ました。」
「公開処刑か…。そんな私に何の用だ。」
「この国の評判は以前から聞いていました。前王の時代からの農地改革や奴隷制の廃止、商取引の自由化など随分な政治改革を推し進めてるって。」
エルマーはサイードを見た。
「そうだったな。」
エルマーの言葉で、サイードは再び言いようのない悲しみが込み上げた。再び前王と王子のことが浮かんでくる。
「切れ者の若い宰相の評判は轟いてましたよ。」
エルマーがにこりとした。
「そうか。だが、私の道はここで潰えた。」
サイードは静かに言った。
全てを悟りきったかのようなサイードの表情を見たエルマーは質問する。
「あなたは王子を殺したのですか?」
「私がラフィを殺すわけがない。」
その声は感情が滲んだ。
「じゃあ無実の罪じゃないですか。そんな平然と処刑を待つなんて。」
エルマーが感情をぶつけた。
「平然となどしていない。」
サイードは静かに、憤りをたたえた。
「じゃあ僕たちと一緒にいきましょう。僕たちはあなたに死んで欲しくありません。」
エルマーの言葉にサイードは目の前にいる3人を見据えた。この状況がいよいよ不思議に感じた。
「行く、とは牢を破って逃げるということか。」
「はい。」
「残念だが、それはできない。私はこの国の宰相だ。王とそして王子とともに、我が身もこの国にささげた。王子が死んだ。改革のもとで多くの貴族達の利権を押さえていったせいかも知れない。いずれにしろもう為すすべはない。死を受け入れるほかあるまい。」
「そんなっ」
リゲルという獣人が突然声を荒げた。
「生きてりゃ何とかなるって。諦めんなよ。」
サイードはリゲルを見るとふっと微笑んだ。
「リゲルと言ったな。君たちは不思議だな。なぜ私を気にかける。」
「そりゃ、アンタが
リゲルは大きな尻尾を逆立てた。
サイードはリゲルの言葉の意味を聞き返す。
「君たちは私を冒険者の仲間に誘っているのか?」
「そうだよ。行こう。」
「いや、行かぬ。」
サイードはすぐさまそう答えると、少しの沈黙があった。
サイードは突然現れた冒険者とやりとりをしながら、なぜ彼らが自身を仲間にしたいのか不思議だった。
何故だか目の前の3人が眩しく感じる。
彼らが抑圧やしがらみから解放された自由な世界で生きて来たのだろうと思った。
「サイードの選ぶ道だし、…仕方がない。」
沈黙が続いたあと、メリッサが低く弱々しい声で言った。
「わかりました、僕たちがここに来た目的はもう一つあります。」
エルマーがまた話し出した。
「もう一つの目的は、このノワにあるはずの賢者の書を得ることなんです。」
エルマーが言った。
サイードはこの冒険者達がますます理解できなくなった。
賢者の書は伝説上のもので、世間では実在しているとは考えられていない。
「賢者の書が存在すると思っているのか?」
「・・歴史を調べたんです。」
エルマーはそう言ってサイードを見る。
「そうか、歴史か。ゼルフォニア神話を読んだのだろうか?あれは神話であり、史実かどうかは不明だ。」
サイードはエルマーに言った。
エルマーはサイードの目をじっと見た。
「紀元前から続く古代六王国の一つであるこの国ならもしかしてって思いました。賢者の書がどこにあるのか教えてくれませんか。」
賢者の書は代々ノワ王家によって守られて来たものであり、その存在の秘密は一子相伝、ノワの王だけで守られている。サイードはとある事情からその秘密をともに守っていた。そして誰にも言わぬと心に決めていた。
「なぜ賢者の書を求める。」
サイードは尋ねた。
「古代の知恵と知識を単純に知りたいっていう好奇心が理由ではダメですか。」
エルマーの答えを聞いてサイードは笑ったように見えた。
賢者の書をエルマー達に託してもいい、何故かそんな気持ちがサイードに湧き上がっていた。
(あの書存在は今は私しか知らない。ノワの王のみに代々引き継がれて来た宝だが、ノワ王家に対する反逆によりラフィ王子が何者かに暗殺されたとすれば、反逆者の手に賢者の書が渡ってしまうことは容認し難い。・・書は機密として厳重に保管されているため、発見されなければそのまま存在自体が消えてしまう可能性もある。)
「最後にこうして君たちが私の元に来たのも何かの導きかもしれないな。」
サイードがいうと、エルマー達は黙ってサイードを見つめた。
サイードはエルマーに場所を教え、本を取り出す方法を授けた。
「城の警備を破ってここまで来た君たちだ。きっと手に入れられるだろう。」
「ありがとうございます。必ず手に入れます。」
エルマーが言った。
「君たちに会えてよかった・・」
「はい、僕たちもサイードと会えて良かったです。やはり噂通りの人物でした。」
そう言うとエルマーは深く頭を下げた。
「君たちがこれからも君たちらしく生きていけるよう、ここから祈っている。もし賢者の書を手に入れたとして、その使い方を誤らないよう願うよ。」
−−−
不思議な冒険者一行との出会いの翌朝、サイードはノワ王都の中心部にある
ついこの前まで気さくに挨拶していた近衛兵達は、銀に光る細い刀身の剣を突きつけるようにかざし、サイードは周りを囲まれてゆっくりと歩く。
何度も通ったノワ王城から広場までの道は、まるで違う様子に感じられた。遠くから眺める人々、手を合わせて祈っているもの、すすり泣く声、いつも賑やかだった通りとは違う張り詰めた空気が流れていた。
(今の私は皆にどう見えているのだろう。憎い王子殺害犯だろうか、それとも哀れな男と同情されているのかも知れない。)
牢の中で、自身の死が何らかの意味をもたらしてくれるのだろうかとも考えてみた。だが、こうして死を目前に街の様子を見ると、皆がこの出来事を一過性のものとして、今をそしてこれからを受け入れて過ごすのだと感じた。
広場に到着した。見物席が設置され、元老派の貴族達、そして白いローブをまとったハルメリアがその中心に鎮座していた。
白いローブは代々この国の王がその象徴として着ていた。
それはいずれラフィ王子が着るはずのものだった・・サイードは言いようのない怒り、震えるような悔しさを覚えた。
そしてハルメリアが用意周到にこのクーデターを行なったのだと悟った。
サイードが広場の壁の前に立たされると、五人の銃を持った兵士がサイードを囲む。
(私には死ぬ前に一言発することすら許されないようだ。)
サイードは気持ちを沈める。
「ラフィ王子を殺害し、この国を自らの利益のために利用しようとした大罪人であるサイード・ワーズを処刑する。」
ハルメリアが宣言した。
兵士たちが銃を構え、照準を定める。
せめてこの国の未来が明るいものであってほしい、そう強く願って、サイードは目を閉じた。
「待ってください。」
誰かの叫びが広場に響き渡る。
その場の皆が声のした方を見る。
そこには冒険者風の男達が立っていた。エルマー達だった。
「サイードは王子を殺害してなどいません。無実です。」
エルマーは大きな声で言った。
「誰よりもこの国の発展に貢献してきたサイードを無実の罪で殺すんですか。」
処刑を見守る民衆に語りかけているようだった。
観衆がざわつき始めた。
「何者だ。黙れ。」
ハルメリアが先ほど処刑宣告をしたのとは違い、怒りの感情をあらわにして叫んだ。そして兵士達に動くよう指示した。
兵士たちはエルマー達を取り押さえようと向かっていく。
しかしエルマー達は襲いかかる兵士たちをあっという間に蹴散らし、サイードに向けて銃を構えていた5人をその場に倒した。
「サイードは死なせない。僕たちが連れて行く。殺すつもりだったんならこの国を出ても構わないですよね。」
エルマーはハルメリアに向かって言った。
「大罪人を擁護するとはなんたることだ、貴様達も不敬で処刑する。」
ハルメリアは取り乱したように怒鳴った。
「サイード、行こう!」
エルマーはサイードの元に駆け寄り、あっという間に足枷の
エルマーとメリッサに両脇を抱えられながら、サイードは走り出した。
行く手にいた観衆が大きく道を開ける。
エルマー達の生きる世界を見たい、走りながらサイードはそう強く思った。
サイードを連れた冒険者達は広場を抜け出ると小型の飛空艇に乗り込み、空へ飛び立った。
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