故郷の味

「かけうどんにしますか?」


 うどんを丼に入れ、熱々のつゆを注ぎ入れるかけうどんはシンプルでおいしい。陽汰にかわって、奥の方まで棚をがさがさと漁りながら、乾燥わかめとてんかすくらいなら用意できそうだと目星をつける。


「あ、でも暑いですもんね。ざるにしましょうか」


 冷水で締め、硝子製の器に盛れば見た目にも涼やかになる。薬味のねぎなら冷蔵庫にあったはずだと、棚から移動して今度は冷蔵庫を確認する。


「ぶっかけうどんにもできますけど」


 冷蔵庫をくまなくチェックしていると、大根を発見した。大根おろしとねぎを盛り付けて、そういえば棚の奥に眠っていたかつお節もかけて……と考えていると、陽汰がくすくすと笑い出した。


「……なんですか?」


 訝しげに問うと、陽汰はさらに我慢できなくなったらしく腹を抱えて笑い出した。


「だって千影さん、どこまで手を突っ込むんだよってくらい棚の奥を漁るし、めちゃくちゃつま先立ちになって冷蔵庫の上から下まで確認してるし、なんかその姿がツボというか……」


 夢中で食材を探しているうちに、どうやら自分は珍妙な姿をさらしていたらしい。けれどそれは陽汰に、少しでもおいしく食べてもらいたいという気持ちからだった。


「……あつあつのうどんを作りますから」


 けらけらと笑う陽汰に、なんともいえない拗ねた感情を覚える。


「え?」


 笑顔のまま、陽汰が訊き返す。


「火傷しそうなくらいあつあつのうどんを作ります。汗だくになりながら食べてください」


 ささやかな復讐だ。陽汰は「ごめんなさい」と手を合わせているが、知ったことではない。


 作業場から陽汰を追い出し、千影はさっそく調理に取り掛かる。だらだらと汗を垂らしながら、うどんをすする陽汰を想像した。なかなかに愉快な気分だ。思わず千影の口元が「ふふん」と緩む。


 意気揚々とうどんを茹でていると、ふいにある考えが頭に浮かんだ。


 あつあつで、元気が出るうどん……。


 千影はもう一度冷蔵庫を開けた。かまぼこと卵、油あげを取り出し、使いきれずに冷凍しておいた少量の鶏肉も発見する。


 これだけ材料があれば、それなりに見栄えも良くなるだろう。もちろん、味噌は常備している。


 鶏肉は解凍してからひと口大に切り、飾り用のかまぼこも薄くカットしておく。長ねぎは斜め切り、油揚げは1センチ幅くらいにする。


 土鍋に出汁を入れ火にかけ、赤みそと白みそをを加える。しっかりと溶きながら味を見て、砂糖とみりんを足して煮立たせる。


 ふんわりと味噌の良い香りがしてきた。


 煮汁のなかに鶏肉を入れ、アクが出たら取り除く。茹でうどん、長ねぎ、油揚げ、かまぼこを加えたら少し煮て、卵を割り入れる。


 ぐつぐつと煮えたぎる土鍋の真ん中、ちょうど良い位置に卵が収まり、思わずにんまりとする。


 陽汰には、うどんが出来上がるまで先におかずを食べてもらっていた。その彼の元に、土鍋ごと運ぶ。


 鍋敷きの上に、そっと土鍋を置くと、陽汰が「おぉ」と声をあげる。


「名古屋メシ!!」


 そう、彼の出身地である名古屋の郷土料理、味噌煮込みうどんだ。


「改めて冷蔵庫を隅から隅まで漁ったら、鶏肉が見つかりましたよ」


 嫌みったらしく「隅から隅まで」を強調すると、陽汰は素知らぬふりで「美味しそうだな~」と手を合わせる。


「あっという間に作れちゃうって、やっぱり千影さんはすごいなー! 料理の天才だなぁ」


 陽汰が分かりやすくおだててくる。それでもまぁ、悪い気はしないなと千影は思う。


「あっつ、うわ、うまーー! めちゃくちゃ美味い! でも熱っ!」

 

 ふうふうしてはうどんをすすり、「熱い」と「美味い」を繰り返す。利き手で箸を持ち、反対の手でレンゲを持つという二段構えで、あつあつの味噌煮込みうどんに対峙している。


 本当に、おいしそうに食べる。


 千影の目論み通り、陽汰は汗だくになりながらうどんをすすっている。予想外だったのは、その姿があまりにも爽やかだということ。


 うどん専門飲食チェーン店のテレビCMだと言われても、うなずける程度には映えている。その感想を正直に口にしてみると、陽汰がきらりと目を光らせてキメ顔を作る。


「そんなにイケてました?」

 

 芝居がかった得意気な顔を見せる。イケてるかと問われれば、確かにイケているのだけど、素直にうなずきたくない心持ちになる。日々、彼の言動や行動に貫井がいらっとしてツッコんでいる気持ちが分かったような気がする。


「まぁまぁ、じゃないでしょうか」


 少々、辛口に判定してみる。


「えぇ、完璧に良い感じだと思うけどなぁ」


 レンゲで煮汁をすくいながら、陽汰が口をとがらせる。


 にこにこしながら最後の一滴まですする勢いで食べ尽くし、土鍋はあっという間に空になった。


「ごちそうさまー!」


 ぱん、と両手を合わせる陽汰の顔が満足そうで、千影もうれしくなる。久しぶりに、彼のおいしいときのきらきら顔を見た気がした。


「千影さんが作るものはいつも、何でも美味しいのに。今日は、どういうわけか特別に美味しかった気がするなぁ……」


 ぽつりと、つぶやくように陽汰が言う。


「故郷の味だからじゃないですか?」


 懐かしい記憶とあいまって、余計においしく感じられるのではないだろうか。


「……うん、きっとそうですね」


 それまで賑やかだった陽汰の声が、ふいに弱々しくなった。

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