きらきらの空気
配膳台でうどんが入った器を準備していると、結野が「わぁっ」と声をあげた。
「すごい! 涼やかでおいしそうだね」
冷やしうどんは、薄い輪切りにしたすだちを器いっぱいに散らしている。ほとんど麺が見えないくらいだ。香りも爽やかで、夏にぴったりのメニューになった。
「トマトの出汁漬けもさっぱりしておいしそうだし、タコの唐揚げも食べるのが楽しみだな」
結野が、普段よりも旺盛な食欲を見せる。もしかしたら、副業のほうがワカミヤでの勤務よりもハードなのかもしれない。
「タコの唐揚げはぜったいに美味いですよ! 俺、タコは唐揚げがいちばん美味いって思ってますから!」
トレイを持った陽汰がうきうきしている。
「酢の物も美味いだろ。きゅうりとわかめが入ったやつ」
横やりを入れるように貫井が言う。
「でもさ、タコといえばタコ焼きじゃない? 千影ちゃんはどう思う?」
いきなり結野に話を振られた。千影は少し考えてからぼそぼそと、タコといえばこれだと思うメニューを口にした。
「……私は、
「ん?」
「え?」
「なに、たまごやき?」
三人が同時に千影の顔を見る。皆に困惑の表情をされ、言葉足らずだったと悟る。
「あ、えっと、関西の方の食べ物です。
明石焼は、小麦粉とじん粉、卵を混ぜた生地にタコを入れて銅製の器具で焼いたもの。兵庫県明石市の郷土料理だ。見た目はタコ焼きに似ているけれど、ソースではなくだし汁につけていただく。
あつあつの出汁に、とろっとした玉子焼を入れて食べる。ほっこりとやさしい味にいつも感動していた。伯母が営むお好み焼き店で、裏メニューだったけれど人気の一品だった。
伯母の店があるのは大阪で、もともと明石焼があったわけではなかった。お客さんにリクエストされて作るようになったのだと、伯母から聞いた記憶がある。
「千影さんって、大阪が故郷なんですか」
少し驚いたように陽汰が言う。
「なんとなく、イメージが違うなぁ」
じいっと覗き込むように陽汰に見られて、なんだか居心地が悪くなる。彼は常にきらきらとした空気を放出している。正反対の千影にとっては、それが苦しくなるほど眩しく感じる。
「いつも標準語をしゃべってるからかな」
まじまじと観察するように千影を見ながら、陽汰が微笑む。
千影は長い間、大阪で暮らしていたわけではない。伯母に引き取られるまでは親戚の家を転々としていた。だから大阪の言葉が自然に出るのは、同じ大阪の人間と話をするときだけだった。
そのことを、何となく彼らには、特に陽汰には言えないと思った。きらきらした空気には、重苦しい雰囲気は不釣り合いだ。
「大阪を出てから、ずっと標準語なので……」
誤魔化すようにそう言って、千影は配膳台で準備のために手を動かし始めた。
◆
七月下旬のある日のこと。いつものように食堂で夕食の準備をしていると、連絡用のSNSに反応があった。
『仕事で遅くなるので夕食はいらないです』
簡潔なメッセージが届いていた。送信元の相手を確認して、了解です、と返信しようとした手が止まった。
メッセージを送ってきたのは、陽汰だった。
端的な文言に少しだけ違和感を持った。彼のメッセージにはいつも、連絡事項に加えて「お疲れさま」とか「今日のメニューって決まってる?」とか、ひと言付随するものがあった。そしてたいてい、キャラクターが動く可愛らしいスタンプがついているのだ。
忙しくて、今日はめずらしく簡潔な文章になっただけ。きっとそうなのだろうと思いながらも、妙に気になった。
定時を過ぎると、仕事を終えた社員たちが次々と寮に戻ってくる。千影は配膳台で二種類の小鉢の準備に追われていた。
八角形のモダンな器には、きゅうりとトマトとクリームチーズのわさび醤油和えを。縁が山なりになった花型の食器には、粗くつぶしたポテトがおいしいタラモサラダを盛る。
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【今日の夕食】
・ごはん(白米)
・スパイシー唐揚げ
・きゅうりとトマトとクリームチーズのわさび醤油和え
・ごろごろポテトのタラモサラダ
・わかめと長ネギの味噌汁
※ごはんと味噌汁はおかわり自由です
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せっせと準備しながら、社員たちが各自でよそうごはんの量を確認する。今日はなんといっても唐揚げの日。スパイシーかつジューシーな唐揚げは、ごはんが進むこと間違いない。ほかほかのごはんと、ざくざくスパイシーな唐揚げの相性は抜群なのだ。
予想通り、多めに炊いていたはずのごはんがものすごいスピードで減っていく。新たに炊いたほうが良さそうだと判断して、千影はすぐに土鍋で炊飯を開始した。もりもりと唐揚げとごはんを頬張る社員たちの様子を見て、唐揚げを登場させる頻度を高くしようと決意する。
食べ終えた社員たちは、自室へと戻っていく。食堂から喧噪が消える頃になって、貫井と結野が揃って寮に戻ってきた。
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