それぞれの故郷
配膳台に並んだ青梅の砂糖漬けを見た瞬間、陽汰の顔がキラッと輝いた。
この顔をするのは、彼がおいしそうなものを見つけたときだということに最近気づいた。もともと明るい表情をした彼がキラッとすると、ものすごく華やいだ感じになる。
「砂糖漬けが食べられるってことは、そろそろ飲めるってこと?」
陽汰は、砂糖漬けが棚の奥にあることを知っている。千影が瓶を振っているところを目撃したのだ。
「飲めますよ」
という言うと、ますます表情が明るくなった。
硝子製のグラスに漬け汁と炭酸をそそいで、陽汰に「どうぞ」とすすめる。
「やった」
うれしそうにグラスを手にして、勢いよくゴクゴクと飲む。
「ぷはーーー! うまっ! 甘くて爽やかで、仕事終わりの一杯には最高だなーー!」
本当においしそうに飲むな、と千影がうれしく思っていると、貫井が食堂に姿を見せた。ネクタイを緩めながら、陽汰の「仕事終わりの一杯」に感想を述べる。
「それって普通は酒を飲んだ後に言うセリフじゃないか?」
「人それぞれですよ」
一杯目は勢いよく、二杯目はちびちびと舐めるように味わう陽汰が反論する。
「まぁ、これは……たしかに美味いな」
貫井にも漬け汁の炭酸割りを出すと、感心したようにつぶやく。
「でしょ」
千切りしたキャベツをこんもりと皿に盛り、飛騨牛コロッケとメンチカツも一緒にのせる。イカと野菜のマリネを小皿に分けていると、貫井が「イカか……」とつぶやいた。
「……貫井さん、もしかして苦手でしたか?」
だったら、次からは控えようと思っていると、彼は慌てて首を振った。
「違う、そうじゃなくて。地元にいるときは、この時期によく食べてたなと思ってさ。といってもほたるいかなんだけどな」
「貫井さんの出身って富山でしたっけ?」
陽汰が千切りキャベツをモシャモシャ食べながら貫井に訊く。
「そうだ。富山では春から初夏にかけて、ほたるいかをよく食うんだよ」
「へぇーー! そうなんですか」
「特に『ほたるいかの酢味噌和え』がよく食卓にのぼっていたな。新鮮だと茹でても美味くて、ぷりぷりの食感が最高なんだ」
この季節の富山を代表する料理らしい。
懐かしそうに語る貫井を見て、社員それぞれの郷土料理を献立に採用させてもらおうかなと密かに思う。特にメニューが思いつかないとき。
「故郷の味ってやつですね。何か、すごくいいなぁ」
帰宅したばかりの結野が、なめこと豆腐の味噌汁を椀に入れながら言う。
「結野さんの地元ってどこなんですか?」
「引っ越しが多かったから、これといった場所がないんだよ。だから憧れるのかも……。陽汰は名古屋だっけ?」
「そうです。ご当地グルメなら負けませんよ! 味噌カツでしょー、それから味噌煮込みうどん、手羽先、ひつまぶし、名古屋コーチンの親子丼に小倉トースト」
指を折りながら、陽汰は得意気にご当地メニューを羅列していく。
「あんかけスパに鉄板スパ、それから台湾ラーメンとか!」
「名古屋なのに台湾?」
結野が驚いたように陽汰を見る。
「そうなんですよー! 見た目は担々麺に近くて、けっこう辛いかも。あ、辛いのが苦手ならアメリカンがおすすめです」
「……いつ麺類からコーヒーの話になったんだ?」
「なに言ってるんですか貫井さん、ずっと台湾ラーメンの話ですよ」
「名古屋メシで、台湾ラーメンの、アメリカン……?」
席に着きながら、結野が困惑している。
「冗談で言ってるんじゃなくて、マジですからね。有名店に行ったとき、ちゃんとメニューにも書いてあったし。ちなみに辛いのが好きならイタリアンを注文してください」
「台湾ラーメンのイタリアン? 本当に意味が分からん」
貫井がため息を吐きながらイカと野菜のマリネに箸をつける。
「たしかに初めて聞くと意味不明ですね。でも、名古屋ってほんとうにご当地メニューに強いなぁ。たくさんあるし、おいしそうなメニューばかりだね」
結野のいう通りだ。豊富なご当地メニューに圧倒されていると、少しずつ食堂が賑やかになってきた。柱時計を見ると、午後七時。いつもこの時間帯が忙しさのピークになる。
飛騨牛コロッケとメンチカツでご飯がすすんだのか、いつも以上に白米の減りが早い。おかわりの頻度も多い気がする。
残業でまだ寮に戻っていない社員もいるから、炊いておいたほうがいいかもしれない。もりもりと夕食を頬張る社員たちの様子を見て、千影はひとり気合を入れた。
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