第1話 夜、トトロの森へ

午前三時、まだ夜の夏の空。


カブトムシやクワガタをとりに行く。


ちかくの森はトトロの森というところだ。


今日はいつもより一時間もはやく起きたから、まだだれも来ていないと思う。


ミツの出ている木は、そんなに多くないので取り合いになってしまう。


カブトムシやクワガタがとれるポイントは、あんなに木があるのに少ない。


一度、ミツの出る木を増やそうと思って、ノコギリで木を傷つけたことがあった。


ギコギコ毎日ノコギリをひいた。太い生きてる木だったから、全然切れなかった。

それでもひいていると、ちょっとずつミツが出るようになった。


これで自分たち用のポイントができた!と思った。

だけど、そんなにうまくいかなかった。


「こらー!」


もうすこしミツを出そうと思ってノコギリで傷を深くしていたら、おじさんがどなりながら走ってきた。


おれたちは走ってにげた。


森から出て、家のあるふつうの道におれたちはいた。


家と家の間に空き地があって、そこから森が見えるのだが、おじさんが見えた。目が合った。


おじさんは森のなかからおれたちにどなった。


「おまえら木がかわいそうだろ!」


「知らないよ。おれたちじゃないよ」


「うそつけ!このノコギリはお前らがあやまりに来るまで返さないからな!」


おじさんはこっちには来なかったが、ノコギリを持って行ってしまった。


友達の坂上が「おれ、あやまって返してもらおうかな」と言った。


「え?まじで?」


「あれ、お父さんのだから…」


そのあと本当にあやまって返してもらったのかは知らない。


おれの持ってかれたノコギリはお母さんの買ったものだったが、あやまる気になれなかった。


おこられるのがいやだったというよりも、ヤバいやつだと感じたからだった。


あのおじさんのブチ切れ方から考えて、なにをされるかわからないと思った。


坂上はいいご家庭の子だから知らないだろうけど、大人のオッサンというのは、なにをするかわからない人もいる。


たとえば、おれたちのうでにノコギリをあてて、ひくぐらいのことをする大人はいる。


「木がかわいそうだろう。これはバツだ。木の代わりにおれがお前たちの未来のためにやってやってるんだ。感謝しろ!」


くらいのことをいう大人はいっぱいいる。


おれは坂上の言葉にだまっていた。


坂上の考えにおどろいたのが一番の理由だった。そんな平和な考えは、おれの頭からは絶対に出てこないからだ。


その日から、友達と虫とりに行くことはなくなった。


ある夜、せっかくミツが出るようにしたんだから、傷つけた木を見に行ったことがある。


そこには、数十匹という初めて見る数の虫がミツをすっていた。


だけど、それは全部カナブンだった。全部みどり色のやつだった。


がっかりした。カナブンにはなんの価値もない。


たしかにカナブンはカブトムシやクワガタよりいろんな色のやつがいて、すぐ飛べるのも良いと思う。けど、レアじゃない。だから、価値がない。


カナブンを百匹もらったとしても、コクワガタ一匹とでも交かんしない。


というか、カナブン百匹もらったら、迷惑だ。カブトムシやノコギリクワガタを五匹はもらわないと、カナブン百匹もらう気はしない。あとで、カナブン百匹はにがすけど。


ミヤマクワガタなら、一匹でもいい。そのくらい、ミヤマクワガタには価値がある。


あの頭のところがボコッてでっぱっていて、ちょっと金色っぽいところがかっこいい。


一回だけ、つかまえたことがある。


去年の夏休みに知らない子供たちを集めてキャンプするのがあって、そこでつかまえた。もう死んじゃったけど。


そんなことを考えていたら、トトロの森に着いた。


トトロの森の周りにはロープがはられている。


大人はなんでこんな意味のないことをするんだろう?


二本ロープをはっても、スカスカで入り放題だ。


本当に入らせたくないなら、有し鉄線を何本も束ではっておけばいいのに。


おれはかい中電灯をつけて、最初のポイントに一番速く着ける場所からトトロの森に入った。

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