第10話 ズッ友

 大陸の北部一帯を支配するグリムランドの冬は長く、厳しい。戦をすれば常勝の彼らの気骨は、そんな厳しい自然環境で鍛えられたのだとも言われている。


 この土地を支配する者達の王宮、リィングリーツ宮の一室ではそんな骨太で力強く、執念深い彼らの一族とは思えないような、妖精ニンフを想起させる美しい少年二人が談笑していた。


「へぇ、そんなことがあったんですか」


 暖炉の炎で十二分に暖められた部屋の中で、イェレミアスは穏やかに微笑んでからハーブティーを口に運んだ。


「アシュベル殿下は人懐っこく見えて猜疑心の強い人ですからね。ギアンテは肝が冷えたでしょうね」


 そう言って王子は苦笑いした。


「……あまり興味なさそうですね」


 イェレミアスのにこやかな態度を見て、彼とは対照的に激昂していたギアンテの態度を思い出し、ドアを一枚隔てた廊下で二人の密会を警護している彼女の方に視線をやった。


「イェレミアスはもしかして、バレたらバレたで構わないと思っていますか?」


 ヤルノが問いかけるとイェレミアスは、もう一口お茶を口に運んでから、いたずらっぽく笑って見せ、声をひそめて答える。


「フフ、母上やギアンテには言わないでくださいよ」


 ヤルノはなんとなくそんな気はしていた。


 というよりは、この優しいだけの無能な少年に「王」という職業は向いていないのではないかと思っていたのだ。


「そりゃあ、二人の期待には応えたいと思っています。『獣の檻』とまで呼ばれる謀略の飛び交うこのリィングリーツ宮で生きてきた二人が、僕を通してこの国を変えたいと思っているのは知ってるし、僕もその考えには賛成です。でも」


 そう言ってイェレミアスは静かにお茶の水面に映った部屋の景色を見る。


 イェレミアスは、その先は言わずとも分かると思ったから言わなかった。


 しかしヤルノにはその真意は全く伝わらなかった。


 「変えたい」のならば「変えればいい」ではないか。


 自分の能力不足でそれが出来ない、またはそれをやりたいと思わないのならば合点がいく。だが、「変えたい」と思っていて、そのための手段(ヤルノ)が手に入ったというのにやらない理由は何か。それが分からなかった。


 ヤルノは人の心の機微には敏感である。


 しかしそれは膨大な他人のシチュエーションと行動パターンから割り出した統計結果に過ぎず、人が「なぜ」そう思い、そう行動するのかは全く理解していない。


 だからこの時も、「人と争うことが好きでない」というイェレミアスの真意には全く気付かず、単に「面倒だからやりたくない」のだと理解した。ならば自分が代わりにやる事にはやぶさかではない。どうせ帰る村もなく、ヒマなのだ。あのまま親から虐待を受け続け、いずれは後を継いで鉄を打つ生活よりはよほど楽しそうだ。


「ヤルノはどうなんですか」


 「どう」と言われても、ここで「楽しそうだ」と答えるのも少し違う気がした。何よりその答えではここでイェレミアスの歓心を買うことができないように感じた。


 ヤルノが答えに窮しているとイェレミアスはさらに問いかけ続ける。


「村に帰りたいとは思わないんですか」


 王子はヤルノの村が焼き払われたことは知らない。それを知れば優しい王子は心を痛めるだろうと思って王妃とギアンテが伏せているのである。


「この仕事を終わらせて、早く両親に会いたいとか……」


「いや、特に親に思い入れはないので」


「でも村には友達もいるでしょう? そうだ、好きな女の子とかは?」


「ああ……」


 一人、ヤルノには思い当たる少女の顔が浮かんだ。その反応を見て、イェレミアスは椅子を近づけて食いついてきた。


「やっぱりいるんだ。僕、こういうお話を同年代の友達とするのが夢だったんです」


 その笑顔に王族の威厳はなく、屈託のない年頃の少年、といった感じである。


「ええ、『いました』けど、今はもう、何年も会ってなくて……」


「あっ……すみません。無遠慮な事を」


 死別したのか振られたのか、事情は分からないがあまりにも踏み込み過ぎた、とイェレミアスは恐縮した。イェレミアスは奇異の目を向ける。本当に貴族らしくない少年だ。

 影武者とはいえ、どこの馬の骨とも分からない平民のガキにここまで気を遣うのだ。


「いえ、だから村に心残りはないんです。イェレミアスが望めば、いつまでもお傍に努めされてもらいますから」


 実際に今の問答でヤルノは傷ついてなどいないのだが、イェレミアスを安心させるため、精いっぱいの作り笑いで以て王子に語り掛ける。


「だったら……」


 言いかけて、言葉に詰まる王子。しかし決意して、精いっぱいの力を振り絞って言葉の続きを話す。


「だったら、ともだちに、なってくれま、せんか?」


 白桃が色づくようにイェレミアスの頬が紅く染まる。ヤルノは王子の冷たい手を両手で包み込み、暖める様に優しく握った。


「ええ。イェレミアスが良ければ、どちらかが死ぬ『その時』まで、二人はずっとともだちですよ」

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