第17話

祖母はその頃にはすでに体が弱ってきていたため、遠出をした記憶はなかった。



あの長い石段だってろくに使わずに、寺の後方から自動車で山を登った記憶があった。



佳奈はそのときあの石段を歩いて登りたくて仕方がなかったのだ。



「出てきたぞ」



明宏の言葉に3人が顔を寄せ合ってスマホ画面を確認した。



そこには3つの寺の名前が表示されている。



三福寺。



清山寺。



幸運寺。



どれもお寺としてよくある名前でピンとくるものがなかった。



次にそれぞれの写真を見せてもらった。



3つとも確かに山の中にある寺のようだけれど、長い長い石段があるのは三福寺のみだった。



その石段を見た瞬間佳奈の記憶の中にある石段と一致した。



強い衝撃を体に受けたような感覚があって、一瞬息をしづらくなった。



「これだと思う」



恐る恐る三福寺の写真を指差して答える。



場所はここから10分ほど歩いたところで、それほど遠くはない。



「よし、行ってみよう」



明宏は目を輝かせて言う。



反面佳奈は怖くもあった。



もしも三福寺が関係していたとしたら、このゲームにみんなを巻き込んでしまったのは自分ということにならないだろうか。



地蔵と6人を結ぶものが、佳奈の持っているお守りただ1つだけだとしたら……。



そんな恐怖心を払拭するように佳奈は大股であるき出したのだった。


☆☆☆


地図を頼りに歩いて来ると、そこには長い長い石段が現れた。



しかしその石段は左右の木々に埋もれてしまいそうで、歩いて登ることができるのか不安になるほど荒れ果てている。



「本当にここでいいのか?」



大輔が不審そうな顔を佳奈へ向けた。



佳奈自身、小学校の頃に見た姿と随分かけ離れていて戸惑っている。



「長い石段がったことは覚えているの。だからここだと思うけど、こんなに荒れてるなんて……」



石段をふさぐように枝が折れているのに、それが放置されているのはどう考えてもおかしい。



もしかしたら三福寺はすでに廃寺になってしまっているんじゃないだろうか?



そんな不安を覚えながら一歩一歩石段を登っていく。



石段は小学校の頃感じたよりもずっと緩やかで登りやすいもののように感じられた。



それくらい自分が成長したのだ。



4人はほぼ無言のまま頂上まで登りきった。



登ってすぐに赤い鳥居があるのだけれど、それはペンキが剥げ落ちてくすんだ色になっていた。



して境内へと伸びる石畳。



こちらはひび割れてひっくり返り、歩く度にこけそうになってしまう。



敷かれていた砂利の隙間からは草が伸び放題で、虫が飛び交っている。



荒れ果てた寺に唖然としてしまいそうになありながら、足を進ませる。



建物は更にひどかった。



誰も管理していないようで蜘蛛の巣が張られ、木造の階段は登れば崩れ落ちてしまいそうだ。



「もうやってないんだ……」



佳奈は呟いて周囲を見回した。



あの頃、祭ばやしで賑わっていた当時の面影はどこにもない。



屋台でお面を買ってもらったり、祖母におんぶしてもらって獅子舞に触れたことを思い出す。



「これを見て」



春香に言われて振り向いた。



お賽銭箱の上にちぎれた紙切れが乗っていて今にも風で吹き飛ばされてしまいそうだ。



それに近づいて見てみると、御朱印帳の一部であることがわかった。



誰かがいらなくなって破り捨ててしまったようだ。



そしてそこに書かれているマークは……。



「同じだ」



大輔がつぶやく。



佳奈はお守りを取り出して破れた御朱印帳に残ってるマークと照らし合わせて見た。



御朱印帳の方はマークの全貌がわからなくなっているが、半分くらいは一致している。



「ここの御朱印帳のマークで間違いないと思う」



佳奈はしかりとした口調で答えた。



これで自分たちと地蔵を結ぶものができた。



その瞬間、ザァッと強い風が吹いて森から落ち葉を運んできた。



4人はゴミが目に入らないように手で風をかわす。



「佳奈がお守りを持っていたから、私達がターゲットになった」



風がやんだとき、春香が言った。



佳奈がハッと息を飲んで目を見開く。



そうかもしれないと恐れていた。



それが今友人によって現実として突きつけられた。



「そうなのかもしれないな」



明宏がメガネを指先で直しながら答える。



大輔はただ地面を睨みつけていた。



「そんな……、私は、ただ……」



恐怖でお守りを持っている手が震えた。



これは祖母から貰ったもので、大切していていただけだった。



それがみんなをこんなめにあわせてしまうなんて、考えたこともなかった。



「大丈夫だよ佳奈」



春香が震えている佳奈の手を握りしめた。



それでも震えは止まらない。



「そのお守りはずっと持っていて、それでもなにも起こってなかったんだろう?」

明宏に言われて佳奈は何度もうなづいた。



「うん。今までなにも」



「そうか。それならきっと佳奈が特別というわけじゃなさそうだな」



そう言われて少しだけ安心した。



「でも、この寺もうやってないみたいだな。あの地蔵について誰に聞くんだよ?」



大輔が肝心なことを心配している。



確かにお寺は発見できてもすでに廃寺となってしまっていては意味がない。



中に入ってなにかヒントがないか調べることもできるけれど、本殿の扉は開け放たれていて中はガランとしている。



建物はいつ崩れてくるかわからない状態だし、中にははいらない方が良さそうなのだ。



「ひとまず降りて、近所の人にたずねてみよう」



明宏はそう言ったのだった。


☆☆☆


石段を降りていくとき、佳奈は春香の手をずっと握りしめていた。



そうしないと体が震えてしまって階段から落ちてしまいそうになるのだ。



どうにか石段を降りきったとき、大輔と明宏はすでに近所の民家に声をかけていた。



小さな平屋の家があり、玄関先に住人の女性が出てきている。



佳奈と春香は慌てて2人にかけより住人の女性に軽く頭を下げた。



「三福寺さんはいいお寺だったんだけどね。突然お父さんが亡くなられて、それで後を継ぐ人もいなかったのよ」



「子供さんがいなかったんですか?」



明宏が聞くと、女性は頷いた。



「男の子が1人いたんだけど、その子は小さい頃に病気で亡くなってしまったの。それから奥さんはふさぎがちになって、次の子を作ることも考えられなかったみたい」



女性は悲しそうな表情でそう教えてくれた。



三福寺がなくなってしまってからもう随分と年月が経過しているようだ。



一旦は街の人達でどうにか寺を継続できないか考えたそうだけれど、主がいないことには始まらない。

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