第12話

後はその通りに発射すれば、景品をもらうことができる。



今明宏の目に黒い化け物は景品のひとつのように見えていた。



あの景品を絶対に取ってやる。



そんな気持ちで舌なめずりをする。



黒い化け物が角を曲がりきり、こちらの存在に気がついた。



距離を詰めるのは一瞬。



瞬きは厳禁。



黒い化け物がこちらへ向けて一歩踏み出した瞬間、明宏はナイフを投げた。



ターゲットまでの起動は完全にできあがっている。



ナイフはその起動に乗って真っ直ぐに飛ぶ。



風もない、邪魔のない空間では面白いほど思ったとおりに飛んでくれる。



ナイフは先程と同じように黒い化け物の胸部に突き刺さった。



「やった!!」



春香が飛び跳ねて喜び、佳奈も歓声を上げる。



明宏の耳には途端に喧騒が戻ってきて、そのどちらも聞こえていた。



「この調子ならどんどん行けるね!」



春香が調子に乗って明宏をおだてる。



明宏は黒い化け物に止めをさすために近づいていく。



と、崩れ落ちた化け物の前にきたとき、違和感に気がついた。



黒い化け物は確かに倒れている。



だけどなんだろうこの違和感は?



全身がゾクゾクするような寒気と嫌悪感。



それに吐き気もこみ上げてくる。



ここにいてはいけない!



咄嗟に悪い予感が胸をよぎった。



せめてナイフを回収しておきたかったが、それもままならないほどの予感。



黒い化け物から数歩後ずさりをしたその時だった。



この化け物が出てきた道の角から、黒い影がぬっと姿を表したのだ。



それは1体、2体、3体、4体……。



ユラユラ、ユラユラと揺れながら近づいてくる。



明宏は悲鳴が喉に張り付くのを感じた。



本当に恐怖を覚えたとき、人間は悲鳴すら上げることができないものだと、初めて知った。



体が勝手にジリジリと後ずさりを初めているが心は追いついておらず、コケてしまいそうになる。



4体の化け物が角を曲がり終わる寸前、ようやく明宏は踵を返して走り出していた。



「逃げろぉぉぉぉ!!」



佳奈と春香へ向けて声の限り叫ぶ。



喉の奥が焼け付くように傷んだ。



それでも足を止めずに全力で走る、走る、走る!



美樹だけは助けるんだ。



絶対に、首を探し出すんだ!



ここで自分が死ねば、美樹が助かったかどうかもわからないままになってしまう。



それだけは……!



自分でも信じられない速度で走っていたようで、逃げていた佳奈と春香に追いついていた。



「こっち!」



春香が細い脇道を見つけてそこへ飛び込んだ。



明宏と佳奈の2人も重なり合うようにして脇道へ逃げ込む。



月明かりも届かない狭い脇道で、3人は壁に寄り添うようにして息を止めた。



黒い化け物の足音が徐々に近づいてくる。



自分たちを探し出し、そして殺すために周囲を伺っているのがわかる。



黒い化け物たちが放つ負のオーラに吐き気がこみ上げてくる。



やがて、足音がすぐ目の前の通りを通り過ぎていった。



脇道には入ってこられないのか、そこまで探す知恵がないのかわからないが、4体とも大通りばかりを歩いて行ってしまった。



それから5分ほど身を潜めていた3人はようやく大きく息を吐き出した。



「化け物ってあんなに多かった?」



青白い顔で佳奈がつぶやく。



最初のあの化け物を見たのは警察署でのことだった。



あの時はまだこのゲームに関係のない場所には入ることができないと知らなかった。



だからみんなで警察署へ向かったのだ。



中に入ることができずにいたとき、黒い化け物に遭遇した。



その時はたしか5体だったはずだ。



でも今日はすでに6体の黒い化け物に遭遇している。



「わからない。でも、もともと多かったのかも知れない」



今まで1回につき数体の黒い化け物にしか出会ってこなかった。



だけどそれは単純に幸運だっただけなのかもしれない。



「あんなのがもっと沢山いたら、首を探す暇なんてないじゃん」



春香が絶望的な声を漏らす。



それでも美樹の首を探さないといけない。



黒い化け物は自分たちの攻撃すると同時に、取った首を奪われないように守っているのだろう。



だとすると、黒い化け物が出現する場所に首がある可能性が高い。



「行こう」



明宏は再び大通りへと向かったのだった。


☆☆☆


倒れている黒い化け物からナイフを抜き取った明宏は、化け物たちが出てきた角を曲がってみることにした。



その先にあるのは民家だ。



昨日探した場所よりも小さめな家が多く、庭先を探すにしてもそれほど時間はかからなさそうだ。



「本当にこんな場所にあるのかな」



一軒一軒民家の庭先を調べながら佳奈がつぶやく。



首のあるところにガイコツがあると考えて行動すると、たしかにここらへんにはないのかもしれない。



「もう少し先へ行ってみようか」



明宏の提案で3人は再び路地を歩き出した。



これだけ民家が立ち並んでいる区域で少しも物音や話し声が聞こえてこないことに、今さらながら気味の悪さを感じる。

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それぞれの家からは確かに生活している雰囲気があるものの、窓もドアも開かず、誰かがいる気配もない。



生きながらに死んでいった都市のようだ。



「この先には公園があるくらいか」



明宏は呟いて足を止めた。



路地の奥には少し大きめな公園があり、そこで行き止まりになっているみたいだ。



「公園は確認しないの?」



春香がそう言って振り向いたときだった。



明宏の後ろに大きな黒い影がぬーっと立っているのが見えた。



目も鼻も口もないそれが、ニターッと笑ったような気がした。



「危ない!!」



咄嗟に叫ぶ春香。



黒い化け物がそれを同時に刃物になった手を振り上げた。



明宏は反応が遅れ、ようやく後方を振り向いたところだった。



目の前に黒い化け物がいる。



今自分を殺すために腕を振り上げている。



そう理解しても体は全く動かなかった。

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