第8話

美樹と明宏は佳奈に声をかけることができずに、ドアの前で立ち止まった。



そして、布団を見つめて息を飲む。



その布団は微かに上下しているのだ。



まるで首のない慎也がちゃんと呼吸をしているかのように。



その異様な光景に美樹が青ざめていく。



それでも佳奈はベッドの横に立ち、そっと右手を伸ばした。



布団のはしをしっかりと掴むと、一気にそれを引き剥がした。



首のない慎也の体があらわになる。



手は胸の上で組まれていて、腹部はしっかりと上下している。



その光景は異様で吐き気を催すものだった。



部屋の空気がヒンヤリと冷たくなり、何度も室温が下がったように感じられた。



美樹が右手を口に当てて出てきそうになる嗚咽を必死でこらえている。



佳奈は首のない慎也の体の上にかがみ込むようにして、胸に自分の耳を押し当てた。



ドクンッドクンッドクンッ。



確かに聞こえてくる心音。



佳奈はハッと息を飲み、心音を聞いた状態で慎也の体を抱きしめた。



「い、生きてる!!」



思わず声が上ずった。



「嘘だろ」



明宏が駆け寄り、慎也の手を握って脈拍を確認した。



ドクンッドクンッドクンッ。



「本当だ」



心拍が弱っている様子もない。



「慎也は生きてる! まだ生きてる!」



佳奈はまだ両目から涙がこぼれ出るのを感じた。



だけど今度は悲しみの涙じゃない。



慎也が生きているという確かなものを見つけた喜びからだった。



「首が地蔵のものになっても生き続けるって、どういうこと?」



美樹の言葉に明宏は振り向いた。



「わからない。少し考えないといけないみたいだ」



佳奈が落ち着くのを待ってから3人はリビングへ戻ってきていた。



それぞれソファに座り、冷蔵庫で冷やしておいた麦茶がテーブルに置かれている。



「慎也は死んでない。ただ首を取られただけの状態ってことだ」



明宏は冷たいお茶で喉を潤してから口を開いた。



「それってどういうこと?」



美樹が聞き返す。



「現実ではありえないけれど、首を切られても死んでいない。ということは、地蔵は別に僕たちの命がほしいわけじゃないと思うんだ」



「私達の首だけがほしいってこと?」



美樹の質問に明宏は頷いた。



「そう。だから命までは奪わなかった」



「でも、今のままの状態が続けばいずれ死ぬんでしょう?」



佳奈視線を上げた。



「普通ならそうだな。飲み食いができないんだから」



「もしも、そこだけ現実的だったら?」



「その時は……」



そこまで言って明宏は口を閉じた。



憶測だとしても、友人が死ぬなんてこと口に出したくはなかった。



首を切られても死なない人間が、飲み食いできなくて死ぬというのも納得できたものではない。



おそらく体は生き続ける。



いつまでも、その寿命が尽きるまで。



明宏はそんな気がしていた。



つい考え込んでしまっていたとき、玄関が開く音が聞こえてきて明宏と美樹は視線を向けた。



部屋に入ってきたのは病院を終えた春香と大輔だ。



大輔は足と腕に包帯を巻かれていて、他にもこまなかな傷口に絆創膏や湿布をはられている。



見ているだけで痛々しくなる大輔を、春香が支えていた。



「大丈夫か?」



ソファから立ち上がり、近づいていく。



大輔は白い歯をのぞかせて笑い「ちょっと大げさなんだよな、これ」と、自分の包帯を指差してみせた。



「大げさなんかじゃないよ、何針も縫ったんだから」



笑っている大輔をたしなめるように春香が横から言った。



大輔をソファに座らせると、ふぅと大きく息を吐き出す。



「それより、慎也はどうなった?」



一息つく暇もなく、大輔は真剣な表情に戻って明宏へ向けてそう聞いた。



「うん。夢の中の通り、地蔵に首がついてた」



明宏の説明に春香が小さく悲鳴を上げた。



隣に座り佳奈へ視線を送ると、佳奈はただうつむいていてなにも言わなかった。



「そうか……」



「だけど、慎也の心臓はまだ動いてるんだ」



暗い雰囲気を少しでも払拭するためか、明宏の声がワントーン高くなった。



「本当か?」



「うん。さっきみんなで確かめに行った」



「そうか。首を取られたままでも死なないんだな」



大輔の声色はどこかホッとしたニュアンスを持っていた。



今までは朝まで首が見つからなかったらどうなるか、誰にもわからなかった。



けれど、これでひとつの実績ができたのだ。



首を取られたままでも体は死なないということもわかった。



「慎也の体を確認してきてもいいか?」



大輔の言葉に佳奈はようやく顔を上げた。



昼間見る首のない体は夜中見るよりもやけに現実的で、生々しいものだった。



だから止めようと思ったのだけれど、そのときにはすでに大輔はリビングを出ていってしまっていた。



リビングを出た大輔はまっすぐに慎也の部屋へ向かった。



「慎也、入るぞ」



ノックをして声をかける。



しかし、当然中から返事はなかった。



ドアレバーに手をかけてそっと力を込める。



ドアは難なく開いて中の様子が伺えた。

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