第7話

両手で地蔵の首を抱きしめて離さない。



「佳奈、少し落ち着いて話ができる場所へ移動しよう」



明宏が佳奈の腕を掴んで地蔵から引き離そうとする。



それでも佳奈は動かなかった。



「嫌!! 私は慎也の首を持って帰るの! じゃないと慎也は……!!」



勢いでそこまで言って口を閉じた。



首を持って帰らないと、慎也がどうなるのか?



まさか死――?



そこまで考えて強く左右に首を振って自分の考えをかき消した。



そんなことない!



慎也が死ぬなんて、そんなことありえない!



気がつけば止まっていた涙がまた溢れ出していた。



地蔵の上にポタポタと落ちてシミを作っていく。



「佳奈。きっと大丈夫だから、ね?」



美樹がやさしく佳奈の手を握りしめる。



なにを根拠にそんなことを言っているの?



そう怒鳴りたかったけれど、嗚咽で言葉はかき消されてしまった。



その代わりにヨロヨロと立ち上がり、美樹に支えられながら歩き出したのだった。


☆☆☆


泣きじゃくる佳奈を支えてどうにか慎也の家に戻ってきたとき、春香から美樹へセッメージが入った。



《春香:診察終わったよ。随分縫われたけど、大丈夫そう!》



元気な絵文字付きのメッセージにホッと胸をなでおろす。



ひとまず大輔の方は心配なさそうだ。



言い訳をするのに随分苦労したみたいだけれど、思ったよりもずっと早く警察からも開放されたようだ。



それを伝えると明宏はようやく笑みを見せた。



昨夜からずっと緊張していたから久しぶりにこの笑顔を見た気がする。



大輔が怪我をしてからの明宏は本当に一生懸命で、男らしさがあると感じていた。



こんな状況でなければ、美樹は明宏に惚れ直していたところだ。



でも、今はそれどころじゃない。



「大輔は今夜は無理だろうな」



明宏が深刻な表情でつぶやく。



「そうだね……」



慎也も大輔もいないとなると、男が明宏1人になってしまう。



それでは明宏の荷が重くなっっても仕方のないことだった。



それでも首取りのゲームは続いていく。



逃げることはできないのだ。



「ねぇ明宏」



美樹は佳奈に聞こえないようにそっと囁く。



「このまま全員の首がとられることになったら……」



そこまで言って言葉を切る。



自分でなにを言おうとしているのか理解して、最後まで言葉を続けることができなくなったのだ。



このまま全員の首が取られて地蔵についたら?



地蔵は5体、こっちは6人。



たった1人が残ってのこ事実を背負っていくことになる。



「そんなことはない。絶対に!」



小さな声でも明宏はキッパリと言い切った。



そうしないと美樹の考えている嫌な予感が現実のものになってしまいそうで怖かった。



自分は頼りない男かもしれないけれど、全力を尽くして美樹を守るつもりでもある。



問題は夜に出てくる黒い化け物だった。



あの化け物に襲われると夢では終わらず、傷が残ったままになる。



自分の身を守るために、武器ももう少し考えないといけないと思っていたところだ。



「今夜のためになにか使えるものがないか探してみようか」



明宏の提案に美樹は頷いた。



小さな果物ナイフではさすがに心細かった。



大きな包丁を持っていたからと言ってそれを使いこなせるかどうかはわからないが、安心感に違いはあるはずだ。



「佳奈。私達武器になるのを探してくるけど、いい?」



戻ってきてから呆然として椅子に座ったままの佳奈に声をかける。



佳奈はゆっくりと視線をこちらへ向けた。



その瞳は揺れていて、なにかに怯えているのがわかった。



「慎也の体はどうなったの?」



その質問に美樹は落雷を受けたように衝撃を受けた。



「え……?」



「慎也の体だよ」



それは今でも慎也の部屋にあるはずだ。



首のことばかり考えていて、体がどうなったのかというところまで頭が回っていなかった。



美樹と明宏は目を見交わせた。



首は地蔵についていることの確認ができている。



体がどうなっているのか、確認しておくべきだった。



首を探す前に確認した、あの状態であればまだいい。



でも、そうだとは言い切れなかった。



首が切断されてからもう何時間も経過しているのだから。



「佳奈はここで待ってて」



どんな状況になっているのか先に見てくるべきだと判断して、美樹はそう言った。



心が弱っている今の佳奈には見せられないかもしれない。



「いや、私も一緒に行く!」



佳奈は勢いよく立ち上がると廊下へとかけでた。



「佳奈、待って!」



美樹が後ろから声をかけても止まらない。



そのままの勢いで階段を駆け上がって慎也の部屋のドアを開けていた。



中に一歩足を踏み入れて、すぐに立ち止まる。



6畳の部屋に置かれているベッドに視線が釘付けになった。



部屋の様子も布団の膨らみ具合も、夜中に確認してまま残っている。



窓から差し込む太陽の光でベッドの上は明るかった。



もりあがっている布団の中から、切断された首の断面が生々しく見えている。



「慎也……」



佳奈は呟いて近づいていく。

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