第36話
牛丼屋は駅の側にあった。ジムを後にして、俺と長谷部尚樹は、竹さんと共に牛丼屋に向かった。店内に入ると、テーブル席に座る。
「奢るよ。何にするかい?」
「いえ、自分で払いますよ」
俺が言うと、長谷部尚樹が言うのだ。
「竹さんはこう見えて社長さんなんだ」
「尚樹くん、それは人聞きが悪いなぁ」
「すみません。そういう意味で言ったわけじゃ」
「いやいや、謝ることはない。冗談さ」
「じゃあ、大盛りの牛丼でお願いします」
俺が言うと、長谷部尚樹は特盛を頼んだ。
すると、竹さんが食券を買いに機械の前に向かったのだ。俺は小声で長谷部尚樹に聞いてみた。例の部屋でどれくらい滞在したのかだ。
「あの部屋にどれくらいいた?」
「内緒です。でも、もう少しいたかったんですけどね」
一カ月くらいだろうか。見た目は変わっていないように見えたが、筋肉は質もあるのだろうか。
竹さんが戻ってくると、食券を俺の前に置いた。
「ありがとうございます」
長谷部尚樹も食券をもらう。
「腹減りましたね」
長谷部尚樹が言うと、竹さんは苦笑いをする。
「君は親しい仲にも礼儀ありって知らないのかね」
竹さんはそう言って、まあいいけどと付け足した。
「あ、竹さんありがとうございます。腹減りがやばくて」
「どんだけ食ってないんだよ」
俺が言うと、長谷部尚樹は答えるのだ。
「数年は食べてない感じですよ」
「数年っておい、餓死するやん」
竹さんはそう言って笑う。俺は何年もあの部屋にいたことに驚きを隠せなかった。
「そんな、真に受けて」
竹さんは俺の顔を見てさらに笑った。牛丼ができると、俺たちはそれぞれ牛丼の載った入れ物を取りに行った。長谷部尚樹はさっそく箸を手にして黙々と食べていく。
「尚樹くんは食べるの早いね」
俺が言うと、長谷部尚樹は上目遣いで見たが、箸が止まらなかった。するとどうだろうか。体がみるみるうちに大きくなっていくのだ。それを見て竹さんは空いた口が塞がらなかった。
「これ、ドーピング剤か?」
竹さんは牛丼を食べる手を止めた。
「たぶんドーピングではないです」
俺が言うと、竹さんは長谷部尚樹の肩に触れた。
「すごいパンプ」
俺が牛丼を口に運ぶと、恐る恐る竹さんも食べ始めるのだが、彼は立ち上がり、店員の方に近づいた。帰ってくると、俺は何を聞いてきたのか尋ねてみた。
「いや、どんな牛肉を使っているんだって」
「なんて言われたんですか?」
「国産だってさ。上等なもの使ってるんだな」
竹さんは天然なのだろうか。俺は思わず笑ってしまった。牛丼を食べ終えると、客が入ってきて混んできたので早々に帰ることにした。
店を後にすると、竹さんは長谷部尚樹の首に触れた。
「すごい発達したね」
「そんなにですか?」
長谷部尚樹が言うと、竹さんは頷いた。
「後で鏡でチェックしたほうがいい」
俺は信号待ちをしていた。青信号になり、左折車が強引に入り込んできた。長谷部尚樹は気付いていないようで、その車に轢かれてしまったのだ。
通行人から悲鳴が上がる。竹さんは地面にうつ伏せている長谷部尚樹に近寄った。彼は起き上がり、車の方に歩いていくのだ。運転席からドアを開けてでてきた青年は血相を変えて車に乗り込んだ。
「やべえ、あいつ死んでねえ」
長谷部尚樹は男に言われ、故意にひいてきたことに気づいたのか、走って車に突進していった。そのスピードはオリンピック競技を思わせたのだ。俺もその車を追いかける。けれども長谷部尚樹に追いつけず、車もはるか遠くに走り去ってしまった。次の信号まで着くと、長谷部尚樹が怒った顔をして立っていた。
「大丈夫なのか?」
「あいつら見覚えがあるんですよ」
「いや怪我は?」
「刀を奪うために襲って来た奴らですよ」
その時だった。長谷部尚樹はポケットからスマホを取り出したのだ。
「美雨大丈夫か?」
長谷部尚樹はそう言う。俺は美雨さんが心配になってきた。電話が終わると、彼は首を振った。
「美雨は無事らしい。でも刀は奪われたみたいです」
長谷部尚樹が言うと遠くから竹さんが大声をあげて走ってきたのだった。
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