第16話 “人外”は蔑称らしい


 サイシキ号に飛び乗り、3回目の夜を迎えた。


 この3日間はとても穏やかなものだった。家で暮らす時と遜色のない水準で設備が整えられているからだろう、汽車での生活にもすぐに慣れた。


 パンが焼けた匂いで目が覚めて、車窓を流れてゆく海と断崖のそばで本を読む。掃き掃除や皿洗いといった雑務をこなすシェーデルが時折に顔を見せて、実のない話を駄弁ったり。そして、陽が落ちきってもう眠りを待つだけの時間になると、駅員を交えてトランプで遊ぶ。昨日は少しだけビリヤードをして……その時はハルシネも参加していた。


 穏やかな日々だ。骨董店で頬杖をつきつつ”店長ごっこ”をやっていた時とは比べものにならないほどに。 ……あの時、なぜ汽車に乗ることをあんなにも躊躇っていたのだろうか? 今ではそんな疑問でさえ思い浮かべてしまう。それくらいにはちゃんと楽しめている。


 ………………。


 

 だからこそ、ハルシネがこぼしたあの発言が余計に引っかかってしまうのだが。


 

「…………ウ。シュウ」

「え?」


 ふと聞こえてきた呼びかけに瞼を開く。すると目の前にはシェーデルの頭蓋があり、ギョッとした。


「シュウの番だゼ。大丈夫カ?」

「あぁ、うん。じゃあ……フォールドで」


 シシュウが自身のそばに置かれたトランプを2回叩くと、「ヒヒ」とシェーデルは不敵に笑った。


「なァ駅員さんよォ。お前サンはどーするんダ? 言っておくガ、オイラは出来ちゃってるゼ? スリーカード」

「左様でございますか。 ……では、“コール”」

「へへッ、乗ったナ? 今回はブラフじゃないゾ!」


 シェーデルが声の勢いと共に伏せられていた自身のカード2枚をバッと捲った。


「どうダ! 1のスリーカード……スリーカードの中で最も強い役ダ! ヘヘヘヘヘ……勝てるものなら――」

「ええ。フルハウスですので今回もわたくしが勝者ウィナーでございますね」


 颯爽と駅員が言い放つと、ディーラー役のオーはなんの躊躇いもなくシェーデルの前に積まれたチップを回収していってしまった。


 全てを失ったシェーデルがこちらを向く。


「……骨抜きにされちまっタ。骨だけにヨ……」

「そんな上手くないよ、シェーデル」

「うるさいナ! シュウ頼むゼ……仇をとってくれヨ……」

 

 明日こなす雑務の数が増えたシェーデルがシシュウの着るパーカーへとしがみ付く。シシュウはそれを引き剥がすことなく、新たに配られた2枚のカードを受け取った。


 ………………。


「なぁ駅員さん、ちょっとした……悩みのような話なんだけどさ。いいか?」

「ええ。わたくしにお答え出来ることでしたら」

「その……人外種族って自分たちのことをどう思ってるんだろ、って」

「……と、仰いますと?」

「とくに俺が住んでた街は顕著だけど、世界には人間ばかりなわけだろう? だから人外は自分達のことが嫌になったりするのかなって……勝手にそう思ってさ」

「ええ、それです」


 要領を得ない駅員の言葉に、シシュウは俯き気味だった顔を上げる。すると駅員は、あくまで丁寧な口調にてこのように言った。


「その”人外”という言葉遣いは蔑称べっしょうと捉えられかねません。お気をつけください」

「あぁそう、なのか。それはごめん。本当に知らなかった。 ……人間を除いた二足種の話、なんだけど」

「はい、そのことでございますね。 ――そうですね、確かにそう思われている方もいらっしゃるかもしれません。ですが、個人の範疇の話かと」

「ハルシネは“人間以外の二足種は肩身の狭い思いをしている”って、そう言っていたんだ」

「フフフ。ですが、シシュウ様ものではないでしょうか?」

「俺も? ……! お前」


 骨董店での暮らしのことを引き合いに出されたことに気がつき、シシュウの語気が強くなる。そのことに駅員は気づかなかったのか、気にも留めていないのか(おそらく後者だろう)。やはり、ゆとりある口振りにてこのように続ける。


「種族の違いが独自の価値観を作り出すことがあっても、各々おのおのの性格や考え方をそのままに形作ることは無いと思います。だからこそ悩みを解決するためには、その者へと真摯に向き合うしかないのではないかと」

「……そういうものなのか」

「そういうものでございます」

「難しいこと言うんだな。 ――”コール”で頼む」


 

『サキュバスなんて、怖いもの。身勝手な夢を魅せて……人を騙して壊すあんな存在』



 夜と朝の境界線で聞いたハルシネの言葉。やるせなさげに吐かれたソレを“悩みを打ち明けてくれた”と解釈するのは、あまりにも都合が良すぎるし、きっと傲慢だ。でも……ハルシネを知りたいという思いだけが否応いやおうなく一人歩きしてしまう。そして、あわよくば何か力になりたいとも。

 

(テディベアの分際で何を言っているんだか)


 心の中で吐き捨てて、ボタンで出来た真っ黒色の目を開く。すると、テーブル上のトランプは最後の5枚目が捲られていた。


「シシュウ様、対決ショーダウンでございます」

「おう……」


 ほぼ無意識の元で行っていたポーカーは、いつの間にか役を見せる段階になっていた。勝敗なんてもはやどうでも良かったシシュウは、自身の手札をまともに見ることなく、投げやり気味にカードを場へ落とした。


 ………………。


「んア? なんだよコレ」

「ほう。シシュウ様、面白いものをお出しになりましたね」

「え、なんだよ。役そんなに強かったっけ」

「いや役じゃなくてヨ。ほらコレだっテ」


 トントンと骨指でテーブルを叩くシェーデルに、シシュウの目線はゆっくりと下がる。そして机上にある1枚のカードを目にし……。


「……は?」


 唖然と固まった。


「シュウ、確かに種族の違いについてはオイラも思うところがあるゼ? でもヨ、こんな堂々としたイカサマは……トランプじゃないカードを出すことはいただけないナ」


 

 シェーデルが人差し指と中指の間にカードを挟み、揺らす。真っ赤なカードに描かれた影絵のオオカミが、そこに不気味な残像を残していた。

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