彼女との出会い

蜜蜂獣人のメルに初めて出会ったのは、半年かけて滞在許可証を取得して、3つ先の国にある、蜜蜂獣人の町へ入れた日のことだった。

入るだけでも至難の街、当然、それまで蜂蜜の交渉することはできない。俺は、なんとか、事業者用窓口にたどりついたものの、すげなく追い返され、途方にくれながら宿への道を歩いているところだった。

 

 その日は、初夏の陽気に包まれた日だった。俺の暗澹たる気持ちとは逆に、空はカラっと晴れ、出口へ続く道には花が咲き乱れていた。足元ばかり見ていた俺は気づかずに、いつしか藤の花棚に迷い込んでしまった。


 俺は惚けたように、幻想的に咲き乱れる藤棚を見つめていたが、ハッと気がついた。ここにいたら、泥棒と思われるかもしれない。来たばかりで、町の人々にいい印象を与えたいのにこれはまずい。

急いできびすを返そうとしたとき、藤の花の向こうに、誰かがいた。

 

 藤の花から見え隠れする黒色の大きな瞳、金糸のようなサラサラのロングに黒色が何筋か入った髪、そして透き通った小さな羽。肌は陶器のように白いが、うっすらと透けて見える薔薇色が、彼女が人間ではないと伝えてくれる。最初は、妖精の幻覚でも見ているのかと思った。

 俺の白茶けた髪、褐色の肌、草みたいな緑の瞳とは大違いだ。


 商人の端くれとして様々な国に赴いたが、こんなかわいい女の子、今まで見たことがなかった。一目惚れだった。


 「あら?この香り……」


 彼女が呟いてこちらを向いた瞬間、目があった。俺たちはしばらく無言でお互いを凝視し、そして彼女がふらふらとこちらに近づいてきた。しばらく見つめあっていると、彼女がハッとしたように、目を開き、鈴の鳴るような声で話しかけてきた。


 「ええと、あなたはお客様かしら、迷われたの?」


 俺も突然目が覚めたようになって、慌てて返事をした。


 「あ、はい、私は商人で、交渉に来たんです。出口を間違えた見たいで」


 「あら、そしたら曲がる道を間違えたのね。1つ先の通路を曲がると行けるの」


 そういって妖精は、俺を出口まで案内してくれた。

 意外と距離があり、その道中で俺と彼女はお互いの情報を交換した。


 「私の名前はメル。ここの農園で蜂蜜作りの研究をしているんです。あなたがいたのは、試験農場の端なんです」


 「私はルークと言います、今日からこの町で商売しながら、蜂蜜を卸してもらえないか交渉していて」



 俺とメルは、意外なことに話が合った。メルは外の世界に憧れていて、俺は珍しい蜂蜜に興味があった。

 メルは「蜂蜜の可能性は、食べるだけじゃなくてもっとあるはず」と息巻いていて、俺は何としてもこの町の蜂蜜を世界中に届けたいと思っていた。この感動を色々な人に味わって欲しかった。


 「この町でおすすめのカフェとかありますか。本場で味わってみたくて」


 「だったら、この角を曲がってすぐのカフェがいいわ。私のお気に入りなの。それぞれの料理に合った蜂蜜を使い分けているのよ」


 「ありがとうございます、行ってみます……あの、それで、もしよかったら……」


 「ええ?」


 「一緒に行ってくれませんか?もしご都合が合えばですけど。助けていただいたので、お礼もしたいし」


 俺は必死だった。この場限りの出会いにしたくなかった。何とかして繋がりを持ちたかった。


 「あら、いいのに……ええ、でもありがとうございます。そしたら、明日の仕事終わりにでも」


 

 優しい彼女は、俺を突っぱねずに、その後も会ってくれた。

 

 そして、市場調査という名目の外出を重ね、お互いの家にも行き来するようになった頃ついに告白。

 彼女がうなづいてくれて、やっと恋人になれたときは天にも上がる思いだった。

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