次第接近説から求婚者初期三人説を考える+五人の名前内容反映説

一、求婚者初期三人説

 かぐや姫から結婚の条件として、それぞれこの世に無い物を所望され、それに挑んで、はかない結末を迎える五人の貴公子だが、これが最初は三人なのではなかったかというのが、私が名づけるところの求婚者初期三人説である。これは従来から言われている説である。

 この説が言われるのは、主に、かぐや姫が五人それぞれに対する所望の品を翁に伝える次の言葉にある。

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かぐや姫、「石作いしづくり皇子みこには、仏のいしはちといふ物あり。それを取りてたまへ」と言ふ。「庫持くらもち皇子みこには、ひんがしの海に蓬莱ほうらいといふ山あるなり。それにしろかねとし、こがねくきとし、白きたまとして立てる木あり。それ一枝ひとえだりてたまはらむ」と言ふ。「今ひとりには、唐土もろこしにある火鼠ねずみかはぎぬたまへ。大伴おおともの大納言には、たつくびしきひかたまあり。それをとりてたまへ。石上いそのかみの中納言には、つばくらめたるやすかひ、取りてたまへ」と言ふ。

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 これを名前だけで図式化すると、

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「①石作いしづくり皇子みこ」と言ふ。「②庫持くらもち皇子みこ」と言ふ。「③今ひとり ④大伴おおともの大納言 ⑤石上いそのかみの中納言」と言ふ。

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となるが、③だけが「今ひとり」とされるのである。名前が書かれていないのはよいとしても、五人いる以上、三人目で「今ひとり」はおかしいのである。

 それゆえ、最初は①②③の三人のつもりで書き上げたものに、後から④⑤の二人を足した際の作者の失念ではないかと考えられて来たのには十分うなずけるのである。

 名前が省かれた者は、すでにその前に地の文が五人とも名前を紹介しているので「左大臣阿倍のみむらじ」と知ることができるが、なぜかぐや姫によって名前が省かれたかについて、最初は三人のつもりだったと考えると少し納得できる説明もできる。つまり、①と②は皇子であり、左大臣とは別格の身分であるから、ふたりの皇子を特別扱いにして、「今ひとり」として名前も書かずに加えたという説明である。この説明が正しいかどうかはわからないが、後に加えられたかもしれない二人は、左大臣より身分が低いのにもかかわらず、ちゃんと名前を呼ばれているので、左大臣は割を食った格好である。


 また、次のこともこの求婚者初期三人説の痕跡と考えられよう。

*****

翁、「かたきことにこそあなれ。。かくかたき事をば、いかに申さむ」と言ふ。

*****

 かぐや姫の五人への要求が、この世にあるともわからない物であることに驚いた翁の言葉である。

 ここに「この国にある物にもあらず」と言っていることに注目するのである。

 ①石作の皇子  仏の御石の鉢  インド方面

 ②庫持の皇子  蓬莱の玉の枝  中国の東(伝説)

 ③左大臣    火鼠の皮衣   中国

 ④大納言    竜の首の玉   日本の近海でも

 ⑤中納言    燕の子安貝   国内のどこでも

 これはちなみに書いておくことだが、①~⑤は身分の高い順になっている。この五人の失敗談もこの順番で書かれている。そう考えると①②の二人の皇子は①の石作の皇子の方が兄と考えられるだろう。

 また、上に示したように、かぐや姫の所望品を見ると、二人の皇子についてはどちらが難しいかは微妙ではあるにせよ、身分の高い順に手に入れるのが難しくなっている感じがある。

 石作の皇子は仏の御石の鉢を探すことを最初からあきらめているし、庫持の皇子も蓬莱の玉の枝を探すことを最初からあきらめ贋作を作っている。それに対し左大臣は火鼠の皮衣を唐の商人に探させている。また、大納言の竜の首の玉は日本の近海でも取れそうだし、中納言の燕の子安貝はその辺で探せそうである。

 そこで、「この国にある物にもあらず」という翁の言葉を思い出していただきたい。これは上の三人にはあてはまるが、大納言と中納言にはあてはまらないのである。もし、最初から五人のつもりで書いていたら、「この国にある物にもあらず」という書き方はしなかったのではあるまいか。

 求婚者初期三人説の有力な手がかりになると思われる。


 さらに、次のこともこの求婚者初期三人説を後押しするものとして従来から言われきたことだろう。

 ①石作の皇子  仏の御石の鉢  心の支度ある人にて

 ②庫持の皇子  蓬莱の玉の枝  心たばかりある人にて

 ③左大臣    火鼠の皮衣   たから豊かに家広き人にて

 ④大納言    竜の首の玉

 ⑤中納言    燕の子安貝

 つまり、最初の三人の段の書き出しに共通して見られるその人に関する説明文が、あとの二人には無いのである。書式が変わったのは、やはり④⑤は後からつけ足されたからだろうと疑うことになる。


二、次第接近説から求婚者初期三人説を考える

 求婚者初期三人説を意識すると、どうもそうなのではないかという証拠のようなものが見えてくる。そのひとつが、私が提唱する次第接近説である。

 ①石作の皇子  仏の御石の鉢  門の外(門前払いされる)

 ②庫持の皇子  蓬莱の玉の枝  縁側 (自ら這い上る)

 ③左大臣    火鼠の皮衣   家の中(翁に招き入れられる)

 ④大納言    竜の首の玉

 ⑤中納言    燕の子安貝

 ⑥御門             かぐや姫の部屋の中(略奪を試みる)

 この図を見ると、最初の①②③で門の外、縁側、家の中と次第にかぐや姫に近づいていくことがわかる。そして⑥で、御門がついにかぐや姫の部屋の中に入るのである。これをひとつの盛り上げ効果をねらった作者の演出と考えるのは考えすぎだろうか。少なくとも、作者が意識したものと思われる。

 そう考えると、④の大納言と⑤の中納言はかぐや姫の家にさえ行っていないので、この次第接近説には関与しないことがわかる。むしろ次第接近説を邪魔するか、否定さえさせかねない。

 このことから、大納言と中納言のふたりが後から加えられたのではないかという考えも浮かぶ。つまり、求婚者初期三人説を後押しする証拠になるのではないかと考えられるのである。


三、まだ証拠はあるかもしれない

 求婚者初期三人説を後押しする証拠はまだあるかもしれない。その意味でひとつ気がかりなところがあるのだが、考察中である。いずれ、ここに加筆するかもしれない。


四、私説、五人の名前内容反映説を紹介

 これは求婚者初期三人説とは関係ないのだが、発表する場がないので、ちなみにという形でここに紹介しておくものである。

 五人の求婚者の名前が、どうもそれぞれの内容にちなんでいるらしいということは言われてきたことだろう。しかし、はっきりそうだという説を私は見ていない。それで頭をしぼったところ、次のような塩梅になったので、書いておこうと思う。

 ①石作いしづくりの皇子   仏の御石の鉢

  「いしつくり」。びんの像の鉢を持って来て、仏の御石の鉢だとかぐや姫に見せたので、石を「作る」とは言いがたいように思われる。しかし、「作る」には「繕う・みせかける」という意味もありそうなので、あきらかに偽物とばれる物を本物だとかぐや姫に見せたところに「作る」がはまるのかもしれない。

 ②庫持くらもちの皇子    蓬莱の玉の枝

  「くらもち」は、くらに玉の枝の材料を入れて匠らと共に隠れ家に入ったことを指すのではないかと私は考えている。これについては考察中である。たくさんの倉を持っていたからという説もあるが、うなづきがたい。

 ③左大臣 阿倍あべのみむらじ   火鼠の皮衣

  「あべのみむらし」を「阿倍の見むらし」すなわち「阿倍はかぐや姫と一緒になるらしい」の洒落と考える。「見る」には「夫婦になる・妻とする」という意味もある。左大臣は前の二人と違って、かぐや姫の家に招き入れられる。世間の人々の期待も大きかったのだろう。

 この段の最後に、

*****

世の人々、「阿倍の大臣、火鼠の皮きぬ持ていまして、かぐや姫に住み給ふとな。ここにやいます」など問ふ。ある人のいはく、「皮はめらめらと焼けにしかば、かぐや姫あひ給はず」…

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世間の人が「阿倍の大臣はかぐや姫と一緒になったのか」、「いや、皮衣が焼けたので一緒になれなかった」と噂したことが書かれている。

 ④大納言 大伴おおともゆき    竜の首の玉

  「おおとものみゆき」は「大伴のみ行き」の洒落だろう。家来は、竜の首の玉を取って来いという大納言のあまりに理不尽な命令に背いて、海にも出ず、てんでに姿をくらましてしまう。大納言は家来たちが海に出ていると思い込んでいて(『大納言は船人ばかりか楫取りの言葉をも曲解した』等参照のこと)、何を手間取っているのかと自ら船出したのである。なるほど「大伴のみ(海に)行き」は他の四人に比べて洒落としてふるっている。

 ⑤中納言 石上いそのかみのまろたり   燕の子安貝

  これはいかなる洒落かと頭を悩ましたが、「いそのかみのまろたり」は「磯の神のまろたり」ぐらいしか思いつかない。燕の子安貝が取れたと思い込み、握っていた燕の古糞も子安貝が身を変えたと思い込んでいた中納言である(『中納言の段「いゝいけたる」の問題』参照のこと)。子安貝を「磯の神」と表現し、「まろたり」の「まろ」は古糞を表現していると思われる。「燕のおける古糞を握り給へるなりけり。」が思い起こされる。

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