第4話


「ララ、つかまって。」


 差し出された大きな手を、断る方法が見つからなくて、私は恐る恐るラファエルの手を掴んだ。ラファエルに支えられ、立ち上がるが足元が覚束ない。



 どくどくどくどく……。元々早い私の鼓動が、更に早くなり、ラファエルにも聞こえてしまうのではないかと恐ろしくなる。そんなことを考えていたら、私がぶちまけた資料をラファエルが搔き集めてくれていた。綺麗にまとめた後、私の手元へと持ってくる。


「これで全部かな。」


 また落とすといけないからバッグに入れておこう、と言われ、私は慌ててバッグを開け、資料を突っ込む。



「あ、ありがとう。ラファエル、その、ごめんなさい。」



「ん?僕こそ、ぶつかってごめん。もう帰るんだろう?送っていくよ。」



 ラファエルと帰るなんて、私の小さな心臓が持たない。そう思うのに、ラファエルと一瞬でも過ごせることが嬉しくて、私は首を振ることが出来ない。




「ほら、行こう。」



 ラファエルは、幼い頃と同じように私の手を握り、笑った。




◇◇◇◇





「一緒に馬車に乗るの久しぶりだね。」



 私の家もラファエルの家も、学園から徒歩で通える距離だ。だが、ラファエルは「ララが怪我しているから」と、ラファエルの家の馬車を呼んでくれた。ほんのかすり傷だったのに、何度も「大丈夫?」「痛くない?」と尋ねるラファエルは、昔と変わらず優しい人だ。




「う、うん。」



「ララが遅くまで学園に残っているなんて珍しいよね?何をしていたの?」



「そ、それは……。」



「ん?」



 私は昔から、ラファエルの優しい瞳に弱かった。あの瞳に見つめられると、いつも嘘が付けなくなる、それほど、私はラファエルの瞳に魅入られていた。



「……卒業してからのことが決まってなくて。」



「うん。」



「縁談も無いみたいだし、就職しようと思ったの。それで先生に資料を頂いて、それを呼んでいたの。」



「……就職?」



 ラファエルの大きな耳がぴくりと動いた。ブリトニーのような秀才なら兎も角、平凡な成績の私が就職を目指していることに驚いたのだろう。




「ええ。語学だけは得意なの。」


 知ってる、というラファエルの言葉に、どうして彼が私の成績を把握しているのかと内心首を傾げながら、言葉を続けた。



「翻訳の仕事は、年中募集されているみたいだし、私の成績なら大丈夫だと言われたわ。だから、ちょっと遅くなっちゃったけど、仕事を探そうと思って。」



「ララ。」



「家の為に、誰かと結婚できたら良かったんだけど……私みたいなちんちくりんに縁談なんてある訳ないのにね。」


 自嘲気味に笑うと、じわりと目に涙が浮かぶ。ラファエルが「ララ。」と呼んだと同時に馬車が止まった。




「家に着いたみたいね。ラファエル、送ってくれてありがとう。また学園で。」


 私は早口でそう言うと、ラファエルの顔を見ることも無く、足早に馬車を降りた。早く離れないと、私の早すぎる鼓動が、彼が好きだと叫び始めるから。






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