待っている女性(ひと)

夜灯り

揺れて流して河の淵

街灯り

星空が霞む夜の淵


アーチを越えて流れ星

鉄橋が軋む音

すれ違うのは男女の鼓動

愛してるわと

囁くようにつぶやくの


好きにすれば、と

酔いに任せてあなたのセリフが

からかう声音こわねの心地よさ


ホントの事よ、と

寝言のように

甘える素振りの

背中を丸めて眠りネコ


寝台列車の寝床は揺れる

重なる二人の影ひとつ


線路は奏でる夜想曲セレナーデ

昼の喧騒かき分けて

あなたと私の逃避行


逃げる素振りも楽しくて

駆け込む夜汽車は

夜に溶け込み闇を行く


こうなることは誰が決めたの

尋ねるアタシのうなじに沿えるは

あなたの指先

硬い指


それでも温もりが伝わってゆくわ

服は脱いでも

火照る肌


狭い寝床と言い訳しつつ

潜り込む夜具に染み込む

匂いを嗅げば

たばこの香りが混じる息


向かい合わせが一夜の契り

はだけた襟元

かさねる口元

夜に染み込むルージュのしるし


眠れないのかい

考えるには今夜はまだ浅い

こうして目隠しをすれば

月の女神も目こぼしするさ


カーテンを閉じて

車窓の隙間

通り過ぎるはホームの明かりか

月明り

音の変わるが合図になって


眠らぬ夜の愛の伽


車掌の足音通り過ぎ

陽が差す

扉の向こうで

目を覚ます


駅は近いとは言う

起き上がればそそくさと

急ぐは身づくろい

眠気をこらえて昨夜を想う


男の腰の重さは覚えてる

おんなの小じわが顔に出る

声を堪える滑稽さも

おんなの匂いが教えてる


彼はもう旅支度

調えて身だしなみにも落ち度無し

手慣れたものと思い当たる

男は旅するセールスマン


百科事典を売り歩く

しわを刻んだ中年男性

髭剃り後は櫛をあて

重い鞄を抱えてる


商売モノの詰まったカバン

大事そうに抱えてる


何なんだろう

列車の振動で目が覚めた

昨日の午後の物語

アパートの玄関越しの

やり取りが

積もり積もって扉を開けた


弁舌巧みとは言えない

冴えない男

セールスマンが聞いてあきれる

さっさと追い返すはずだった


でも

百科事典を抱えた彼の

後姿に何故か心が騒いだ


つまらない男だって?

つまらない女もここにいたのよ

彼にはそうした

彼にも妻はいた

息子もいるという


アタシは独りだった

結婚はしたけど子供はいない

亭主は無口な男で無学だし

稼ぎはまあまあ

それだけの男

ホントにそれだけだった


だから飽いてしまった

この生活に

風穴を

開けてしまいたかったのよ


結局

男とは朝一番で立ち寄った駅で別れた

それでいいと彼も言った

俺もこの街でしばらくは売り歩く

そういっていたが再会はしない方がいい

そうも言う


ズルい男とは思わないが

良い奴だとも言いたくはない

そう自分にも言い聞かせた


恋をしていたわけじゃない

男が去った駅のベンチにしゃがみ込む


”くたびれた”


若くはない女の体は正直だった

年甲斐もない中年女は

一旦家に戻ろうと思った


あの男は家で待っている

たぶんそうだ

きっとそうだ

そう信じることにする


身勝手な話だが

それで救われる気がする

もちろん救われたのは

亭主の方だろうとも彼女は考えた


「だって(アタシに)惚れているんだもの」


女はそういう人だった

誰もいないホームで朝から


そして独りで

帰りの汽車を待っている

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宇宙(空)の色 真砂 郭 @masa_78656

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