Ver3.9 望郷の念

 巨大都市トウケイ郊外。


 そこは、この国の嘘と失敗を隠蔽するために生まれた人工の不毛地帯。

 結果、人々はトウケイを始め各地で点々と都市を作り、生きていくことになった。


 その不毛地帯ににある廃屋に、ナラは横になっていた。


「ナラ‼」


 イヒョンはナラに抱きついた。

 そのトラのボディが金属で出来ていることを忘れているかのように。


 本当に彼は、ナラを1人の動物として、1人の友人として扱っているのだ。


「ありがとうございました、クジさん」

「いや、私はただ自分の尻拭いをしただけだよ」


 昨日の仕事の失敗のな


「それと、言っただろ。お前達の抵抗を見たいって、それだけだよ」


 ここからは、私の運命ではない。彼の運命。

 私はこの場に相応しくないな。

 

 その場から離れようとすると、イヒョンが呼び止めた。


「クジさん、最後にお願いが」

「なんだよ」

「……いや、やっぱりいいです」

「……そう。それじゃ、気をつけてな」


 それが、イヒョンとの最後の会話になった。



 ――――――――――

 ―――――――

 ――――

 ――

 …


 獣道野中を、イヒョンとナラは並んで歩いている。


 言葉を交わすことなく。

 ただ一緒に。

 その時間を楽しむように。


 境界が見えてきた。

 トウケイが管理する領域の境界。

 

 都市に住む住民は、これ以上先へ行くことが出来ない。


 イヒョンとナラの旅もここまでだ。


「ナラ」


「ここでお別れだね」


「ちょっと遅れるけど、またすぐに追いかけるから」


「それまで1人だけど、頑張って生きていくんだよ」


 ナラは、顔をイヒョンにこすりつけた。

 

「大丈夫。悲しい顔をしないで」


「必ず後から……会いに行くから」


「…………」


「ナラ……僕はね、君に出会って初めて、生きる意味を知ったんだ」


「知ってるでしょ。この世界は、生まれた瞬間から生き方が決められている」


「僕がCESアカデミーの首席になることなんて、生まれた瞬間から分かってた」


「どんな生活で、どんな人と結婚して、どんな死に方をするか、全て分かってる」


「そんな人生、何の意味があるのかなって」


「僕はずっと考えてた」


「その時に出会ったのが君だったんだ」


「君はオートマトンだけども、オートマトンじゃない」


「与えられたプログラムのようには動かない」


「君は故郷へ帰りたいって言ってたよね」


「言語がなくても分かるよ。君の目を見ていれば」


「そう願うのは、君が生きているからなんだって、僕は思ったんだ」


「そして、理解したんだ」


「生きているというのは、選択をすることだって」


「それを教えてくれたのは……ナラ、君だ」


 イヒョンはナラを強く抱きしめた。

 一筋の涙を流しながら。


「だから僕は、君を故郷に帰す選択をしたよ」


「これは、誰にも決められていない、僕だけの選択」


「生きている人間、イヒョンとしての選択」


「1つの後悔もない」


「本当にありがとう、ナラ。君に出会えて僕は幸せだ」


 イヒョンは、ナラの身体を優しく撫でた。

 それが別れの合図なのだと、ナラも気づいたようだ。


 ナラは最後にイヒョンの顔を優しく舐めると、1人獣道を進んでいった。


 時折、イヒョンのほうを振り返りながら。


 イヒョンは手を振り続けた。


 ナラが視界からいなくなるまで、最後まで手を振り続けた。


「またね、ナラ……」







「不審者発見。発砲する」





―――Ver3.9 望郷の念 終

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