第44話 力試し

「すまないが、この二人を登録したい」

 受付へ行って、俺のカードを見せながら説明する。

 忙しい時間からは、外れていたのだろう。

 けだるそうな感じだった受付が、目を見開く。


「こちらへどうぞ」

 あわてて立ち上がり、中へ案内されて、個室に通される。

 シルヴィとテレザも、キョロキョロとしながら付いてくる。


「少し、お待ちください」

 そう言って、受付さんは退室する。

 ここでは、まともな対応をしてくれるようだ。

 張っていた気が、少し抜ける。

 自分一人なら良いが、二人がいるため。何かあれば、守りながら対応しなければならない。


 まあまだ、安心はできない。出された飲み物や、食い物にも注意が必要だ。


 ドアをノックする音が聞こえて、誰かが入ってくる。

 身長百九十センチメートルほどの獅子の獣人と、受付とは違う狼系の獣人。

 大体、獣人は着ている服で判断しているが、見た目ですぐは男か女か判断が付かない。当然、獣人同士なら分かる様だが。


 すると、少し小柄な狼系の方が目の前に座る。

「さてと、ようこそ。ベネターデビラへ」

「これはご丁寧に」

 とりあえず礼を言う。


「亜人で、金級。王国出身。聞きたいことは山々だが、その二人一緒に行動するならマスター権限で、銀級にしてあげよう。どうかね」

 書類をテーブルに放り出し、ソファーに深く座り、のけぞる。

 きっと獣人同士なら、服を押し上げる小柄な八つの胸が、目を引くのだろうが俺には特に気にならない。

 大体テーブルに放り投げた書類。俺の情報じゃないか。

 そっちの方が、何を書かれているのか気になる。


「良いでしょう。条件は?」

「ここに居る、ブレフトと戦って貰い、最低限の力を見る。その後、神乃くんと一緒にダンジョンを二つ、いや三人だから三つほど潰して欲しい。最奥へ行って、クリスタルを取ってくれば、そのダンジョンは死ぬ。ああそうだ、潰すダンジョンはそんなに深くないが、少し質が悪くてね。残していると被害ばかりが増えるものだ。それじゃあ頼む」

 一方的に、情報を垂れ流し、やることにされたようだ。


 質の悪い、残しておくと被害ばかり増えるダンジョンを潰せと。

 パワハラだよな。いやダンジョン三つで、二人が銀級。

 お買い得なのか?


 さらに、この、ブレフトと言う男。

 素行が悪く金級の底辺らしいが、力は白金級らしい。

 いきなりそれと戦い、勝てば仮として与えられるクラスは鉄級らしい。

 負ければ、黄銅か下手すれば木札。勝負の状態で判断するようだ。


 なんだかんだと、無茶苦茶だな。

 このマスターもくせ者で、双剣使いでさらに強力な魔法使い。元白金級。

 この町を仕切っている、セザール・ルマーヌ侯爵の愛人らしい。

 まあそれは、後日知ったのだが。


「さて、できればブレフトを教育してやってくれ。そうじゃなければ、私がしないといけなくなるから面倒なんだ」


 ブレフト君、おとなしいと思ったら、よく見ると魔法か何かで動きを封じられている感じだな。


「さて良いだろう。初めてくれ。ああ一人ずつな」

 訓練所について、ブレフト君と対峙する。


「私が行きます」

 シルヴィの尻尾が揺れる。


「じゃあ構えて。始め」

 そう号令が掛かった瞬間。

 ブレフト君が吠える。


「だー畜生。拘束なんぞしやがって。こんな亜人なんぞ、瞬殺だ」

 いまは両者とも、危険がないように、木で作られた模造刀を使っている。

 ブレフト君は身長に見合った、長さ百二十センチメートルほどのバスタードソード。

 対するシルヴィは全長四百ミリメートル、ブレードサイズ二百五十ミリメートルのコンバットナイフを両手持ち。


 シルヴィは体勢を低くして、両手は体の下。

 ブレフト君は、力試しのつもりか、素直に八相の構えから踏み込みつつ、切り下ろしてくる。

 当然、剣の軌道は見え見え。シルヴィは体を躱し、ブレフトの剣を左手のナイフの側面で流す。

 それと同時に、右手のナイフはブレフトの左脇腹へと向かう。


 だが、ブレフトはナイフの側面を肘と膝ではさみ。砕いてしまう。

「残念だな。模造刀は脆くて…… がっ」

 ブレフトが嬉しそうにしゃべっている間に、シルヴィはブレフトの左膝を踏み台にして、飛び上がり。出っ張っている鼻口部(びこうぶ)を蹴りあげる。

 あれは、舌を噛んだな。

 そのまま空中で回転して、口吻(こうふん)。つまり鼻先を蹴る。

 ブレフトは、そのままの勢いで、顎が上がったまま倒れ込む。

 シルヴィは倒れ込み、隙だらけの喉へと、もう一本のナイフを当てる。

「それまで」

 ヴェロニクが宣言をする。


 ブレフトは、すぐに起き上がり。

 一歩下がったシルヴィに、飛びかかってこようとしたが、逆に吹っ飛んでいく。


 今のは、マスターヴェロニクの技だが、空気の塊を打ち出したにしては何かおかしい。


「バカやろう。首を切られて死んだ奴が、元気に動くな」

 そう言ったと思ったら、今度は、逃げだそうとする、ブレフトに蹴りを決め。引きずりながら戻ってくる。

 ヴェロニク強え。


「次。そこのテレザ」

 テレザもナイフ二本持ち。

 奴隷時代の訓練は、目立たない道具が、メインになったのだろう。

 そう聞いたら、「回りにある物をすべて武器に使います」と、シルヴィが笑う。

 どこの暗殺者だよ。


 さて、普段控えめなテレザだが、対人戦においてはシルヴィよりエグかった。

 まずはじめは、躊躇無く足踏みから金的。

 見ていて思わず、股間がきゅっとなる。


 頭が下がれば、目に対して裏拳。

 そして、獣人の弱点、口吻への左ストレート。

 のけぞったところへ、喉元にナイフ。この流れは、対獣人戦においては、もう決まり事のようになっているようだ。

 遠慮なく入った、口吻への左ストレートが効いたようで、床に転がりブレフトがうめいている。


「終了。噂よりもブレフト弱いな。良し、お前はランクダウン。銀からやりなおせ」

 それを聞いて、俺達に向かってブレフト君突っ込んでくる。

 つい、手が出る。

 左手で、鼻口部の下から掌底を撃ち込み。のけぞったブレフト君へフルに振動を効かせた、右ボディブロー。


「ぐはっ」

 顔はまだ、のけぞった状態で、どこかの雑魚キャラのように膝から倒れて、床に蹲る。

「よっわー。お前どうやって、金に上がったんだ」

 ヴェロニクの言葉が、ブレフト君の心までえぐったようだ。

 ついに泣き出した。呻きながら泣く器用なブレフト君だった。


「さてとそれじゃあ、ダンジョンの説明だ。付いて来い」

 ブレフト君を見なかったことにして、ヴェロニクは上へ上がるように俺達に促す。

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