第16話 初めての情報

 ちょっとした考えがあり、だがあまり期待もせず、ぽてぽてと、煙の立ちのぼる方へ向かうと、家はすべてが掘っ立て小屋のようになり、なにかを叩く音が聞こえ出す。

 そして、あまり広く無い道を、ひっきりなしに荷車が走り回る様になってくる。


 いい加減危険を感じて、何かを叩く音がする小屋へ入ってみることにする。

 ノックをして声をかける。

 だが、この騒音の中。当然返事はない。

 勝手だが、ドアを開けて中をのぞき込む。


 そこには、鬼の形相で鎚をふるう男が一人。

 ここに来て、初めて見る毛のない人種。

 つい嬉しくなる。


 鎚を振る手が止まり、脇にある炉の中へ金属の塊を突っ込む。

「おう。なんだ? 珍しいな亜人か?」

 ぎろっとこちらを睨み、つっけんどんな様子で聞いてくる。


 彼の周辺には、ごうごうと火の燃えさかる炉と、傍らに積まれた石炭。

 金床(かなとこ)と、床には大きさの違う鎚が、数本無造作に転がっている。

 脇には水槽が設置されており、見事に鍛冶場の雰囲気。

 むろん異世界。鍛冶場じゃねえ鉄火場と言われれば、納得するしかないが、同じ火花でも火花の飛び散る雰囲気と、真面目に火花の飛ぶ場ではかなり趣が違う。

 金がかかっているから、一緒か?


 そんなくだらないことを、つい考えてしまう。


 彼は話をしながらも、足は板を踏んでいる。

 あれは鞴(ふいご)、いや足踏みだから踏鞴(たたら)なのだろう。


「すみませんね。手を止めさせて」

 そう言うと。

「いや良い。それで、武器か防具かどっちじゃ?」

 そう聞いてくる。


「いや残念ながら、今回は薄い金属で出来た箱が欲しくて」

「箱だ? しかも金属製?」

 凄く怪訝そうな顔になる。


「ええ。魚を保存用に、燻製を作りたくて」

「魚? 燻製って言うのはなんだ? 干物、干すのじゃ無いのか」

 そう聞かれたので、一匹取り出す。

「こんな感じです」


 怪訝そうな顔をしていたが、ヒクヒクと鼻が動く。

「この香り。木の匂いがする。食わせろ」

 そう言って、出される彼の手に、串を渡す。


 おもむろにかぶりつき、食べ始める。

「堅いが、美味いな。つまみにもってこいじゃ」

 そう言って、炉で軽く炙り、また一口。いきなり、これはという感じで目が見開かれる。


「おい、酒は無いのか?」

「酒は無いです」

「ちっ、使えねえ奴じゃな」

 そう言うと立ち上がり、奥へ向かっていく。


 戻ってくると手には壺。

 ひしゃくを片手に、飲みながら燻製をかじり始める。

「おお、良いなあ」

 凄くうっとりした表情に変わった。酒飲みの雰囲気が、体中からにじみ出る。


 酒なあ、今度醸してみるか。


 しかし、百四十センチメートルくらいか? イメージより大きいが、ドワーフなのだろうか?

「あんた、ドワーフなのか?」

「おお? 種族はそうじゃな」

「じゃあ。酒を今度持ってこよう」

「そうか。ガツンとくる奴を頼む」

 そう言うと、いきなり上機嫌になった。

 チョロい。


「分かった。それで、作ってくれるのか?」

「美味い酒の為じゃな。良いだろう」

 だが、そう言った後、キョロキョロし始める。


「だが、材料がないな。薄くなら銅や黄銅で良いんじゃろ」

「そうだな。どうやって板を作るんだ?」

「そりゃ、叩くに決っとる」

「平たいところに流し込んで、押しつぶすとかじゃないのか?」

「そりゃ、それが出来れば楽じゃが、ものすごい力が必要になる」

「そうか、プレス機な」

「プレス?」

「ああ、押しつける機械だ。構造は簡単なものなら、ネジでこう力を掛けていく」

 地面に、簡単に絵を描く。ハンドルを回すと、板が下がっていき、物を押しつぶす構造。


「ほう、しかしこれだと、時間が掛かりすぎる」

「クルクル回る魔道具はないのか?」

「ある」

「それなら、これはどうだ?」


 傾斜に流し込み。ローラーが熱された金属を押しつぶす物を書いてみる。

 圧延加工と言われる物。実は、圧延加工には大きく三種類ある。


 先ほど提案した熱間は、鉄だと千度程度に加熱し加工する。冷却すると縮むため、加工精度。つまり百分の数ミリという精度が出しにくい。ただ加工はしやすい。だが、粘りのある材料が作れる。


 冷間は、六百度以下で加工するが、凄く力が必要。後焼き鈍しがいる。


 温間はその中間で六百度以上で加工する。いいとこ取り。


「炙った物を、押しつぶしながら通すのか。うまく行けば均一な物が簡単に作れそうじゃな。それなら鉄で作れば、低い温度で溶ける黄銅は行けそうじゃ」

 黄銅の融点は九百度から一千度くらい。鉄は一千五百度以上。


「しかし、材料が足りんな」

 よっこらせと立ち上がり、奥へ行く。

 戻ってくると、石を一抱え持ってくる。

 むろん、鉄鉱石だ。


 おっさんが、鉄鉱石を持って、何かを唱え始める。

「我が魔力の前に全てを曝け出し、重さで示せ。解析。五十五・八四五を分離」

 そう唱えると、持っている鉄鉱石から銀色の鉄が流れ出てきた。

 手にかかっているけど、熱くないようだ。さすが異世界。


 一個持って、やってみる。

「えーと魔力を流して、我が魔力の前に全てを曝け出し、重さで示せ。解析」

 すると、頭の中に組成が流れ込んでくる。

 一〇一・九六とか、二・八とかも入っている。

 なるほど。この中で必要な物を分離か。

「五十五・八四五分離」

 すると、にょろにょろと流れ出てくる。

 この時、平らにすれば良いんじゃねと、魔力を流しながら、形を指定してみる。

 すると、板が出来た。

 円盤状だけど。


 おっちゃんの目が、点になってしまった。

「おい、何をやった?」

「流れ出る時に、板になれと思っただけ」

「そんなことが。おい、良いぞおまえ、じゃあ黄銅でやれ」

 引っ張って行かれて、原石の山を精錬しまくった。

 廃棄用のぼた山は、この世界では利用されていないが、含有物に使える物があるので、全部貰った。


 そして、周辺を凄い勢いで走り回っていると思ったら、この周辺の荷車には、魔道具によるパワーアシストが付いていた。

 それなのに、蹈鞴を魔道具で創っていない。

 聞くと、機械機構が存在していないようだ。

「回転を、どうやって上下にする。昔誰かが歪んだ丸で上下させたが、魔道具の力が無くて駄目だったぞ」

 それを聞いて、俺は喜ぶ。からくりは得意なんだ。


 そして、長い夜が始まっていく。

 

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