23杯目「古川優愛の話1」
赤石春花さんの話を聞いた私は、その話を執筆しているものの、どうも結末を迎えられずにいた。
あの話には必ず続きがあるはず。その話を作れない限り、私はこの話を世に出せない。
悶々とした気持ちの中、私はまた喫茶店を訪れる。
「こんにちは、遙さん」
「あら、いらっしゃいませ」
笑顔の遙さんの目の前のカウンターには知らない女性が座っていた。
そういえばこの喫茶店に人が出入りしているのをはじめてみた気がする。
「あら、先客がいらっしゃるなら、また後日にしようかな」
そう言って私が立ち去ろうとすると、止めたのは遙さんではなくそのお客さんの女性だった。
「いえいえ、そう言わないでください。良かったらお隣にどうぞ」
そう言って私は彼女の隣の席に誘導された。
「ごめんなさいね、次の予定があるからまた来るわね」
隣の席に誘導されたにも関わらず、その女性はそそくさと去っていった。
一連の流れを見て、遙さんは笑顔だった。
遙さんは何も言わず、カフェモカを注いでくれた。
「あの方も常連のお客さんですか?」
「そうね、あの方もいろんな事情を抱えた方なのよ」
「あ、そうだ遙さん。この前の話なんですけど、赤石さんって結局その後どうなったんですか?」
「あら、やっぱり気になりますか?」
カフェモカが私の前に出される。
もう九月に入ろうという時期で、朝晩は涼しさを感じる季節になったが、出されたのはアイスカフェモカだった。
「それなら、さっきの古川さんの話をした方がいいかもしれませんね」
「それってどういう……」
「まあまあ。良ければ今日も聞いていってください」
「カフェモカが飲み終わる頃におかえりください」
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血生臭い匂いが取れないでいる。
鼻の奥に刺さるようなキツイ匂いは私がこの匂いから逃げるようにと本能が騒いでいるようだった。
幾重にも重なる自傷痕に沁みこむ血はコントラストを描いて綺麗だ。
私は、私が生きている価値がわからない。
そんな私が古川優愛であるという罰を背負った話。
『……ドアが閉まります。お気を付けください』
肌寒さを感じる季節になった10月、私はいつものように駅のホームに立っていた。
持病のせいもあり、小食な私は余分なたんぱく質を摂らない生活に慣れてしまい、早くも今年も冷え性に悩まされる季節を感じる。
人工音声の機械音は、年々人間らしさを増しているのが気持ち悪く感じる。まるで彼らが本気で人間にでもなろうかと意気込んでいるようで、けれども一生人間になれることなんてない。
ましてや人間の生活など、望ましい生活など何もない。
こうやってギュウギュウに敷き詰められた人の塊に、私はいつも押しつぶされて消えてしまいそうになる。
いっそ消えてしまいたい……
やっとの思いで解放されても、会社についてしまえば、そこはもう監獄であり、夕方まで自分から自由が消える。
誰も彼もこんな苦しい思いをしたいわけではなく、暗く光をなくした目をうつむかせたまま、ビルに吸い込まれていく。
そして私も、ビルの中に入るのだ。
『ピロン♪』
バッグの中から、スマホの通知がなる。
そういえばまだ通知を消していなかった。
画面に映るのは、「はる」という人のメッセージだった。
最近の私は、どうも浮かれすぎている気がしてならないのだ。
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