第31話 新さん、どうしてここに?
夕暮れ刻。
昼過ぎにおえた墓参りだったが、墓から目的地までは遠く、電車での移動に時間がかかってしまった。
はやる気持ちを抑えられず駅を降りてから俺は走っていた。
走っていて心拍数が上がっているのと、夏になりかけの暑さの両方で汗が垂れる。
遠くから蝉の鳴く声がする。まだ夏本番ではないが早くにでてきたやつがいるのだろう。
そいつは他の蝉に会うこともなく、ただ一人で鳴くだけで生涯を閉じてしまうかもしれない。
そして、ようやく目的地がみえてきた俺は安堵する。
視界の先には黒と赤の髪がなびいて夕日を反射していた。
彼女も俺が走ってきているのがみえたからか驚いた表情を浮かべていた。
良かった、顔を合わせたら走って逃げられるんじゃないかと思っていたけどその心配はなさそうだ。
「はあ、はあ。
彼女の目の前まで着いた俺は肩で息をしながら声をかける。
「
「だって今日は
俺と
この場所は
そして今日は
「それに
わざわざ帰り道に寄ってこの景色を眺めるのが好きだと
困惑している様子の
「今日、
「そっか……」
俺の雰囲気とひとことで全てを察した
「全部聞いたんだね」
「ああ、そうだ」
「だったらなおさら、どうして会いにきたの?」
酷く辛そうな顔で
俺は
「ありがとう、って伝えたくて」
「
「そんなことは関係ない。
――――ありがとう。
俺は頭を下げて改めて
「やめて
「ひとつ後悔してることがあるの。
「よせ、冗談でも言うんじゃない」
俺の制止を振り切って
「あのままここから飛び降りていたら、
時が止まったような静寂。
俺はあの日のことが頭にフラッシュバックしていた。
梅雨もあけて夏に入りかけの頃、寝苦しくなってきた深い夜。
橋の欄干の上に女の子が立っていた。
初めに目に入ったときは幽霊かなにかだと思った。
視界が暗くて欄干の上に立つ姿が宙に浮いているようにみえたから。
それはひどく現実離れしたような光景だった。
しばらく呆然としていたのだが、やがてそれが実体のある人だと認識できたときに俺は走りだしていた。
『なにやってるんだ!!』
足がすくんでどうにもならなくなっている彼女の身体を引き寄せた。
そして彼女は喚くわけでも抵抗するわけでもなく、ただ一言だけ、
『この世界からいなくなりたい』
と、悲痛な言葉を漏らしたのだった。
年端もいかない少女の口からこの言葉が出てくるまでになにがあったのだろうと想像して、俺は胸が締め付けられた。
『なにもわからなくて無責任かもしれないけど、それでも俺は君に生きてほしいと思うよ』
そして警察に連絡して彼女を保護してもらった。
どうやら彼女は学校でいじめにあっていたようだった。
きっかけは友達グループが二つあってそのどっちに属するかで問題になったそうだ。
友達間のいざこざは中学校ではよくあること。
そのときに仲が良かった友達もグループから離れるのを恐れて
それからは孤立するだけでなく酷いことをされるようになったのだという。
内容を聞こうとすると涙が
「あの日、たまたま通りがかった
当初は、
「
俺は黙って
「初めの頃は
下を向きながらぽつりぽつりと
気持ちのままに脈絡もなく、それは俺は受けとめたいと思う。
「それに
そんなときにね、と
「新さんのアメリカ行きの話を聞いたの。離れるなら今だって、良いタイミングだなって思った。そしたら
俺の家に来ていた理由も、離れた理由もわかった。
「幻滅したでしょ?」
今にも消えそうな声で俺に問いかける。
違うんだ。
「幻滅なんてしない。人の心はときに嘘をつくし論理的にいかないことだって多々ある、だって俺がそうだから。俺はあの日
「うん……、その言葉がすごく響いたから
「そうだと嬉しいよ。でも俺はどの口がそれを言ってんだって自分に思う。だって――」
ひと呼吸おいて俺はいう。
「あの日、俺もここから飛び降りるつもりだったんだ」
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