第24話 元婚約者side④


今にも崩れそうな、四畳半のボロアパート。


 

「ただいま」


「おかえりなさい、みなとくん」



 現在、姫乃ひめのみなとはそこで生活をしていた。




 ◇ ◆


 

 

 藤咲ふじさき家に訪問したあとみなとは家に帰ると海外出張中である両親がそろって帰宅していた。



 

みなと、お前なんてことをしたんだ!」


 

「そうよ! 人様の結婚式を無茶苦茶にしてどういうつもりなの?!」


 

「父さん、母さん、ごめん。でも真実の愛をみつけたんだ! 俺はこの愛とともに生きていくんだ!」




 

 父と母からの詰問にみなとは真実の愛という言葉だけで押し通そうとしていた。

 それは中身のないハリボテの言葉だった。



 

「あなたって子は……昔から我が強くて一度決めたら人の話を聞かないところがあったけれど、人様に迷惑をかけるなんて。どこで育て方を間違えてしまったのかしら……」



 

 母は堪えきれずに涙を流した。

 父は母の背中をさすりながら続ける。



 

みなと、これから被害を受けた方々に謝りにいくぞ。示談にできるかもしれない」


「なんだ、謝れば罪にならないのか?」


「いや、それは分からない。相手方に許してもらう必要があるし、なおかつ相応のお金を払わないといけないんだ。そうすれば起訴をされずに済むかもしれない」



 父はこれからの行動を考えていた。

 器物破損や傷害行為は刑事事件となるため、起訴されて前科がついてしまえば息子は今後生活が困難になるだろう。

 せめてそれだけは避けなければならないと。

 


「お金なんて、俺働いてないから持ってないぞ」


 

「お金は父さんが払う。しかし、これがお前にできる最後のことだ」


 

「最後のことってどういうことだよ!」



 

 みなとえる。




「お前はやればできる子だと思っていたからずっと放任していたが、甘やかしすぎたみたいだ。だから諸々の処理が終わったらこの家を出ていってもらう」


「なに……」


「もう決めたんだ。お金を払うのはせめてもの情けだと思ってくれ」



 父の意思は固かった。

 それになにもしないニートをずっと家に留まらせるわけにもいかないと常々考えていた。

 家を出すタイミングが今回になったというわけだ。



 

「そして君は――」

 

姫乃ひめのといいます」



 父の言葉に姫乃ひめのは割ってはいる。



「君は諸々が終わるまで家で待っていてくれ。そして、処理が済んだら湊と一緒に家を出ていってくれ」



 元凶である姫乃ひめのに顔を向けることなく父はいう。


  

「そんな! この家を出されたら私たちはどこに住めばいいんですか?!」


「そんなの自分で決めろ! 二人ともいい大人だろ!」



 父の怒声にたじろぐ姫乃ひめの

 みなとはただうなだれていた。


 


◇ ◆



 あれから示談は成立し、湊が罪に問われることはなかった。

 しかし、家を追い出された二人の生活というのは酷いものだった。



 連帯保証人や所得の証明の必要のない家を探しているあいだ、何日かネットカフェ生活が続いた。

 それまではみなとが日雇いの派遣のバイトをして食いつないだ。


 

 そしてようやくこの家をみつけて、二人で住むことができたのだった。

 



「あれ、姫乃ひめの。もう帰ってきてたのか。お前パートは?」


「パートは辞めさせられちゃった」


「はあ……またか。これで五度目だぞ」


「だって、聞いてよみなとくん。パート先のおばさんがあれこれうるさいんだもん。それにパートなんて私したくないよ」



 

 これまでろくに働いてきた経験がなく、世間とはずれた感覚をもった姫乃ひめのが普通のところで働くことはできなかった。




「したくなくても働かなかきゃ食べていけないんだよ、わかってんのかお前!」


「そう怒らないでよ、私だって頑張ってるんだから!」


「だったら仕事やめるなよ! 俺だってしたくもない仕事頑張ってんだぞ!」



 家を追い出されてからも、家がみつかってからも、口論が絶えない日々が続いていた。

 この極貧生活を前向きに考えられるような二人ではなかった。



「頑張ってるっていうならもっと稼いできてよ! 毎日毎日インスタント食品ばっかり、お肌も荒れるし太ってきてるんだよ!」


「なんだよ、その言い草は! 自分が稼げないくせによくいうぜ。だいたいお前が料理がマズいからインスタントばっかりになってんだよ。わかってんのか?」


「私の料理がマズいっていった。ずっとそう思ってたんだ!」


「ああ、マズいよ! よくわかんねえもん食べさせられるのはもう嫌なんだ!」


「なら湊くんが料理すればいいじゃない!」

 

「はあ? 俺は働いてるんだぞ? なんで料理しなくちゃいけねえんだよ!」


 

 二人の口論はいつまで経っても平行線だった。




「だいたい、お前。化粧品に金かけすぎなんだよ! 家の財政考えろよな」

 

「女の子だから可愛くいたいだけじゃない。そんなこともさせてくれないの? この甲斐性なし」


「なにが甲斐性なしだ! 誰のおかげでこの家に住めて、飯が食えてると思ってんだよ。ああぁ!」


「甲斐性なしに甲斐性なしって言ってなにが悪いの? それに服だっていつも変な文字が書かれたTシャツだし、いい加減ダサいよ?」



 姫乃ひめの自分のことは棚に上げてみなとをせめた。

 お互いに思いやる心があれば、支え合って慎ましい生活ができたかもしれないが、崩壊はすぐそこにあった。



 それからも口論は続き、隣の部屋から壁を叩かれて終わる。

 それがいつもの光景となっていた。



 四畳半という狭い空間のなかで顔も合わせずにそれぞれが黙りこくっていた。

 喧嘩以外では会話という会話はもうほとんどなかった。



 引っ越し当初こそ、これ乗り越えるべき試練だと二人は思っていたのだが。

 責任感もなく生活力もない、人のことを考えることのできない二人に乗り越えられることはなかった。



 

 みなとはここにいない別の女性、瑞稀みずきのことを思い浮かべる。



 

 (俺が辛いときにいつも手を差し伸べてくれたり、料理を作って世話焼いたりしてくれたのはあいつだったんだな。いまになって思う。もしかしてこれが真実の――)




 姫乃ひめの鬱々うつうつとした感情を抱え込んでいた。



 

 (最近はずっと怒られてばっかり。引っ越しする前に、世界中がこの愛を否定しても俺だけはお前を守るっていってくれたあれは嘘だったんだ……。今ではみなとくんが私を否定してるんだもん。こんな生活はもう嫌だ。食べ物も化粧品も服も、なにもかも低レベルでつまらない。それにみなとくん心ここにあらずな感じなんだよね。もしかして瑞稀みずきちゃんのこと考えてるのかな。スマホを覗いたけど、連絡取り合ってるみたいだし。だったら私は――)




 みなとがあることに気づきかけたとき、姫乃ひめのはとんでもない行動にでる。




 ◇ ◆




 ある日の朝。


 コンコンコン、とアパートの扉をノックする音がしてみなとは玄関をでた。



「おはようございます、警察です」



 突然の出来事にみなとはぎょっとした。


 

「あの、警察がなんのようですか?」

 

「誘拐されたと通報がありまして」


「誘拐? 通報?」




 みなとは心当たりのない単語に顔をしかめる。

 すると奥から姫乃ひめのが飛び出してきた



 

「警察ですか! 助けてください! 私、誘拐されたんです!」


「な、なに言ってんだ姫乃ひめの!」

 

「私、結婚式で無理矢理この人に連れ去られたんです! みんなの前だから怖くてついていきましたが、本当は嫌だったんです!」


「は?!」


 姫乃ひめのの予想外の発言に、みなとは面をくらう。


「君が式場から藤咲さんを連れ出したということは調べはついている。現行犯逮捕だ」


 みなとは抵抗する間もなく身柄を確保される。

 


「なんだよ、なんなんだよ! なんとか言えよ、姫乃ひめの!!」


「怖いです! 助けてください!」



 姫乃ひめのは金切声をあげて白々しい演技をした。


 

「話は署できく。大人しくしろ」


「おい! 姫乃ひめの、ふざけんじゃねえぞ! おい! おぉぉぉおい!」


 

 みなとの声はボロいアパートに響く。

 その様子に住人が何人か顔を出して様子をみていた。

 こうして観衆の注目のもとにみなとは連れて行かれた。



 

 姫乃ひめのみなとの気持ちが自分から離れていることを悟り、自分がどう生きていくか考えだした結果がこれだった。

 花嫁略奪に同意がなければ、それは略取、誘拐の罪が適用される。

 それにより示談に持っていくことでお金をふんだくろうという恐るべき魂胆。

 最悪な裏切り行為だった。



 

 しかし、嫌疑不十分で不起訴処分になる可能性の方が高かった。

 仮にみなとが罪に問われて、姫乃ひめのに一時的にお金が入ってきたとしても立ち行かなくなることは目にみえている。



 

 結果はどうあれ、この行動により、見せかけの愛が終わりを告げたことだけは事実だった。



 瑞稀みずきが、同じ仲良しグループのメンバーでみなとの親友でもあった山口やまぐちと付き合ったということはみなとは知らないままだった。



 そして、見せかけの愛すら失い、全てを失った姫乃ひめののその後の消息を知るものはいなかった。





 

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