幽霊彼女
淡星怜々
第1話 リコリス
過去最強クラスの寒波が猛威を振るう、2月のある雪月夜。その訪れは突然の事だった。
日に日に背が高くなる工事中のビルを、肌を刺すような寒風が吹き抜けていく。そんな再開発中の駅前、いつもに比べて人通りは疎らだったと思う。
***
「や、久しぶりだね」
まず口を開いたのは、彼女。
「本当に久しぶりだね、詩心」
初めに声をかけたはずの彼女も、僕の反応に少し驚いていたようだった。
「元気だった? 」
「まぁ、僕はぼちぼち……かな」
それから2人で、他愛無い話をしながら少し歩いた。久しくあった友人との近況報告ってやつだ。
「まだ君の一人称、『僕』なんだね……ちょっと安心した」
「僕は僕だからね……そう簡単に変えられないよ」
歩いて話すのも良かったが、さすがに寒くなってきたので近くにあったカラオケに入ることにした。
「僕、カラオケなんて久しぶりだ」
店員さんが何やらレジと格闘している間、僕はそう呟きながら店内をぐるっと見回した。
「それにしても、君とまた会えるなんて……私驚きだよ」
部屋に入ってすぐ、フカフカの黒いソファに座るより前に彼女は笑顔でそう言った。
「……僕もだよ。ほんと驚き」
彼女は僕の1番の親友とも言えるし、それ以上の関係とも言える。彼女は、僕の彼女
「……無理ないよ。あの時、死んじゃったもんね」
そう、あれはいつだっただろう。もう記憶は朧げで定かでは無い。今思い返しても気分が悪くなりそうな、残忍な光景だけが鮮明に脳裏に焼き付いて離れてくれない。
当時、世間を騒がせた凄惨な事件に巻き込まれて、呆気なく死んでしまったのだから。
一瞬で空気がどんより重くなった。この空気を一刻も早く変えないと。と思いタッチパネルを手に取り、僕でも歌えそうなのを選曲した。
「うわ、この曲懐かし〜。この曲を選ぶとは、さすがだよ」
イントロが流れ始めた途端、彼女は大口を開けて笑い始めた。そんな彼女も、耐えきれずに途中から楽しそうにその曲を歌っていた。
それからも、僕達と関わりの深い曲を選んでは歌い、笑い合う。また違うのを見つけて、懐かしいなんて言いながら歌う。楽しい夜は本当に一瞬で終わってしまった。
「あー楽しかったなー! 」
外に出ると既に朝日が昇っていて、通勤中のサラリーマンが忙しなく歩いていく姿が、何だかいつもより滑稽に見えた。
「これからどうするの? 」
彼女は、僕の顔を覗き込みそう尋ねた。
「うーん、特には何も」
僕がそう言うと、彼女はそっか……と誰にも聞かれないようにそっと呟いた。僕はそれを聞き逃さなかったが、聞き返すことはなかった。
それからは、ぽつりぽつりと会話が続くだけで特に何も無かった。僕も久々に一晩中歌い続けたから、疲れたんだろうな。だが、この冬麗に包まれた穏やかな街を2人で静かに歩くのも悪くないものだ。
せかせかと歩く大人たちもそう、ティシュを配るお姉さんも、通学中の子供たちもそう。それから、綺麗なリコリスやハーデンベルギアを店先に並べた花屋さんだってそうなのだ。
街が徐々に目を覚まし、今日も普通の一日が、昨日と何一つ変わらず始まっていく。そんな感覚が僕は大好きなんだ。
しばらく彼女の後を追いながら歩くと、年季の入ったアパートが見えた。そして、その一室に招かれた。部屋の鍵はかかっていないようで、何とも物騒な話だと僕は思う。
ドアを開けて入ってみると、中は無人だった。脱ぎ散らかした服や、纏められてはいるものの散乱したゴミなどから生活感を感じさせる。どこか少しだけ懐かしい、そんな部屋だった。
「全く……汚くてごめんね。ここ、お兄ちゃんの家なの」
勝手にお邪魔して良いんだろうか、そう思ったが彼女によると、仕事が忙しいらしく夜しか帰って来れないらしい。
「お邪魔します……」
申し訳ない気持ちを感じながら、僕は足の踏み場もない廊下へ目をやった。本当に申し訳ないが、汚すぎるな。
簡単な朝ごはんを胃に押し込んで、彼女はテレビをつけた。何の迷いもなくチャンネルを回し、手が止まった。どうやら目的の番組に行き着いたようだ。
それは、昔からずっと続く朝のニュース番組だった。丁度、天気予報をしているところだった。
「今日晴れるっぽいね」
彼女はそう言うが、画面に映し出された降水確率を見ると、70%だった。
「え、雨じゃない? 」
「いやいや、70は大丈夫だって! 」
いくら曇り予報だと言っても、この数字で晴れだと言うのは彼女くらいだろう。そんなところも、昔からずっと変わらない。
***
「ほら、やっぱり良い天気! 」
昨日と比べて、冬の日差しも幾分か暖かくなった昼下がり。お昼も、お兄さんの部屋からカップラーメンを拝借し、外へ出た。彼女は、空を見上げながら両手を広げ楽しそうに笑っている。
「これからどうする? 」
少し遠くに行ってしまった彼女に、いつもより少しだけ大きな声でそう尋ねた。
「私、君と行きたいところあるんだよね」
すると、彼女は急いで走ってきて、そう言った。その目は真剣そのものだった。
「良いよ、どこ? 」
「うん、私たちが生まれ育った……故郷ってやつ! 」
彼女は、満面の笑みを浮かべながらそう言った。僕たちが生まれ育ったのはこの街じゃない。大学の為に出てきただけ。本当は、船で半日くらいかかる離島が彼女の言う僕たちの故郷なのだ。
「
彼女がそれを提案するのは、意外だった。まさかあの事件が起こってしまったあの島に行きたいと言うとは、全く思いもしなかった。
「それじゃ、早速出発! 」
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