case03 : 小さな犯人

 しばらく角で待機していると、店内の小さな魔力が再び動き出した。厨房内を走り回った後、例の小さな窓から飛び出した。道路上に姿を見せると、一之瀬君が角から一歩前に踏み出す。

 その小さな魔力は、彼女の姿を見るなり慌ててこちらへと向かってくる。ここまでは想定通り。


「――障壁」


 こちらへ向かってくる影の前に壁を展開するも、軽快な動きで壁を蹴って避けられた。割と素早く動く。


「――拘束」


 前に使った鎖型ではなく、魔力の帯を練り上げ進行方向に張り巡らせた。その一部を正面に放つ。


 帯は空気を切るようにして、小さな影へ一斉に襲いかかる。その影は相変わらず綺麗に避けていくが、隠れる場所のない直線では物量が勝る。

 追ってきた帯のが足に絡まってしまい、動きが止まった。


「なかなかに良い動きをする。危うく逃げられてしまうところだった」


 そうつぶやいて、俺はその影へ近づく。


 影を捕獲したことを伝えると、反対側から一之瀬君が駆け寄ってきた。


「亮さん!捕まえたんですね。それって……」


 魔力の帯に絡まっている影の正体に、彼女は驚いた声を上げて口元に手を当てた。


 首根っこを掴み、黒いそいつを持ち上げる。


「こいつが、お店の物を盗んでいた犯人だ」


 俺が持ち上げたのは、猫であった。

 上から下まで真っ黒の、普通では無い奇妙な黒猫だ。


「猫又……本当だったんですね」


 俺は、彼女から猫の話を聞いたとき、既に一つの予想を立てていた。



――「それは猫又かもしれないな」

――「猫又?」


 彼女の話を聞いた一之瀬君が、小さく首をかしげる。


「そうだ。妖怪猫又と言えば、都市伝説でも有名な話だ。初出は知らんが、山に住む長寿の猫が亡くなったあとに化けた話や、元はペットであった猫が化けて出るなどが猫又に関する情報だろう」

「都市伝説……?それは……実際に存在するのですか?」

「都市伝説や伝承、神話など、遥か昔は物語の中の存在だったとしても、現代の魔術の世界ではあまり珍しくはない。召喚魔術はさほど珍しくもない、実際悪魔なんてのもいるくらいだ。妖怪は伝説でもフィクションでもなく、実在する。このような街中に出てくるのは珍しいがな」――



 そして現在、俺は手元の猫又を睨みつけ、真相を問う。


「人間の言葉は分かるな?一体何が目的だ。今も何かを盗んできたのだろう?」

「亮さん、猫又って話せるのですか?もとは猫……、だったはず、ですよね……」


 突然捕まえた猫に向かって問いかける俺に、一之瀬君が当然の疑問を投げる。


 人間の言葉を理解しているかは、生まれた場所による。

 人間と長く過ごしていれば、案外理解しているものだ。目の前の猫も、店内へ侵入する身のこなしや人の使う道具を盗んでいたのだから、恐らく通じると踏んだのだ。


 そしてその答えは、案外あっさりと返答される。


「元は猫だが、妖怪は大抵話せる奴が多いぜ、嬢ちゃん」


 突然の声に驚き、彼女は辺りをきょろきょろと見渡す。そして、声を発したのが目の前にいる猫だと理解し、目を丸くして視線を猫に移す。


「え、あ……あなたは……?」


 一之瀬君は、顔を猫に近づけて、好奇心の輝く瞳で猫に問うた。


「俺か?別に名乗る名があるわけじゃあないんだがな。ここは猫らしく、“名前はまだない”ってな」


 妙に人間に馴染んだ妖怪だ。

 いや、話し方だけでなく、知識そのものが人間に近いようだ。生前から人間の言葉を理解していたのだろう。


「随分と知識のある応えだ。それで、俺の質問には答えてくれるのか?」

「あぁ、俺の目的だったな。特に黙っているつもりも無い。だが、その前に手を放してもらえるか。この体勢は結構首にくるんだ」


 妖怪のくせに、何が首にくるだ。

 そう胸中ツッコミを入れつつ、俺は猫又を地面に放す。


 俺の手から離れた猫又は、実に猫らしく首を掻いた。


「目的っていっても、そんな大層な何かをしたかったわけじゃないんだぜ。ただ、……」


 話の途中だったが、店の方向から大輔さんが走ってきたのを見て口を止める。


「よう兄ちゃん!外から何かの気配がしたもんで、様子を見に来たんだが……犯人は捕まえたのか?」


 大輔さんは周囲に人影が無いことに疑問を持ち、そして目の前の黒い猫に気がついた。

「猫……?」


 何やら一之瀬君と同じ反応だ。

 これは、再度説明をした方がよさそうである。



「……なるほど。人では無い犯人と学生の噂か。通りで、あんな小さな窓から出入りできたのか。ただの噂から犯人を見つけちまうとは、さすがだな兄ちゃん」

「確証はなかった。だが、昼間ここに来る途中に妙な気配の猫を見かけていたものでな」


 おそらく、昼間、俺についてきた猫は、真っ黒な身体といいこいつで間違いない。あの時感じた不思議な気配も、妖怪特有の波長によるものだろう。


「今は盗んでいた理由を尋ねていたところだ」


 俺は猫に視線を向け、先程の続きを促す。


「そう睨まずとも、しっかり応えるさ。とはいえ、この応えに納得してくれるかは、正直難しいところなんだが。……結論は子育てだよ」

「……は?」


 猫の前置き通り、俺は思わず声が出てしまった。


「もう少し丁寧に説明してくれ」

「そうしたいところなんだが、俺にも相応の事情があってな。詳しくは場所を移したいんだが、いいか」


 その猫は大輔さんに視線を向け、一言付け加えた。


「そこの店主も一緒で頼む」

「なんだその猫、俺を知っているのか!」


 大輔さんの方は初めて目にしたと驚く。

 なんというか、この猫には驚かされてばかりだ。


「俺が一方的に覚えているだけさ…………。それより、俺の事情を説明するためにも、移動させてくれ」


 猫は足早にラーメン屋とは逆の方向へと歩いていく。


「着いていこう。逃げる気は無いようだしな」

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