海辺の喫茶店
ミンイチ
第1話
からんからん
店の扉を開く音が聞こえる。
「いらっしゃいませ。
空いている席へどうぞ」
この海辺の喫茶店に訪れたのはモデルのような美しさを持った女性だった。
「ご注文はお決まりでしょうか」
初老の男性が注文をとりにくる。
「あれが欲しいわ。
確か、パシェだったかしら」
「パフェでしょうか」
「そう、それよ!
それと甘いものを何か下さる?」
「マンゴージュースはどうでしょうか」
「それももらうわ」
男性は「かしこまりました」と答えるとカウンターの中に戻っていった。
「きみ、ここは初めてかな?」
店の隅で何かを書いていた青年が声をかける。
サングラスをかけていて、かぶっている帽子には黒い鳥の羽が刺さっている。
「ええ、そうよ。
普段は遠い場所にいるのだけれど、うちの子たちが噂していたからきてみたの」
「そうか、君の部下はいい舌を持っているね。
ここのマスターが作るものは本当に美味しいんだよ。
けど、美味しすぎるが故に僕はここまで来させられたんだけどね」
青年は新聞を持ち、それを指差しながらどこかちゃらけたように言う。
「お話を遮るようですが、こちら、本日の特製パフェでございます。
抹茶味をベースとして、それ以外にもほうじ茶なども混ぜて美味しく仕上げております。
また、こちらはご注文のマンゴージュースです」
男性はパフェを机に置き、こう紹介する。
パフェは10センチほどの器に入っていて、全体的に深緑色をしている。
ジュースはオレンジ色をしていて、麒麟のマークがついた手で持ちやすいサイズのコップに注げれている。
「どうぞ、ごゆっくり」
最後にペーパータオルを置いて、カウンターの内側に戻っていった。
彼女はまず最初に、上についているクッキーにアイスを載せて口に運ぶ。
上から降ってある抹茶の苦味とバニラアイスの甘味が口に中に広がる。
アイスとクッキーを全て食べ終えると、次に進む前にマンゴージュースを一口含む。
粘り気のある独特の甘みを持っているが、ジュースとしては口の中がすっきりとするものになっている。
上部のほとんどを占めていたアイスの下には、シリアルと生クリームと交互に敷かれている。
上の方のシリアルには溶けたアイスが味がついていないシリアルに甘さを与えてくれる。
下の方にはフルーツも敷かれていて、生クリームと一緒に食べることでフルーツ特有の甘さが引き立てられている。
ゆっくり食べていたようで、すぐに食べ切ってしまった彼女は最後に残ったジュースを一気に飲む。
いくら後味がスッキリするように作られていても、グラスの半分以上を一気に飲んでしまっては口の中が少しだけ、ねばついてしまう。
机に置かれていた、別のグラスに注がれた水をゆっくりと飲んで口の中の粘りをとる。
「言ったでしょ、ここの食べ物は美味しいって」
青年はそう話しかける。
「そうね、本当に美味しかったわ。
お忍びで毎日来たいくらい」
「それはいけません、女王様」
誰もいないはずのテラスから声が聞こえる。
テラスの先は全て海で、ここまで来るにはそれなりの距離を泳がなければいけない。
「もうお迎えが来ちゃったみたいね。
支払いを終わらせて早く出なければいけせんね」
彼女はレジの方に行く。
レジには、話し声を聞いていた男性がすでに立っていた。
「ごめんなさいね。
今、お金を持ってないの。
その代わり、これで払わせてもらうわ」
彼女はカバンの中からピンポン玉ほどの大きさの白い玉を2つ取り出して男性に手渡した。
「こんなにはいただけません。
値段で言えば、2回り小さいもの1つで十分です」
手渡された白いものは真珠だった。
「私はこれでも足りないと思っているのよ。
素直に受け取りなさい」
そういうと女性はテラスの方に歩いて行く。
「ああそう、鴉天狗のお兄さん」
彼女はテラスに出る一歩前で青年に話しかける。
「私がここにいたのは、ここにいる人だけの秘密よ」
そう言うとまたテラスを進み、手すりのところまで来た。
「本当に美味しかったわ。
ありがとね」
そして、手すりを越えて海の中に飛び込んだ。
海の中には彼女の姿は見えず、沖に向かう大きな魚のヒレだけが一瞬見えた。
「さすがは人魚の女王様だ」
青年はおちゃらけた様子でそう呟く。
照明で映し出された彼の影には、背中のところに大きな羽が生えていた。
ここは海辺の喫茶店
パフェの美味しい、人間以外も集まる不思議なお店
海辺の喫茶店 ミンイチ @DoTK
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます