第一話『彼女との出会い』

頁壱__邂逅

 (以下の文章はボイスレコーダーの録音とメモを元に再編集したものである)



 おそらく、とても長い話になると思いますがよろしいでしょうか? そうですか。

 ……ああ、いえ。確かに、貴方から連絡が来た時はとても驚きましたが……。

 今回の事は、僕にとってもありがたい申し出だったので。ええ、本当ですとも。

 それでは、始めましょうか。


 ……僕が彼女に出会ったのは、もう何十年も前の事です。

 ですが、共に旅をした時間は今でも覚えていますし、得難い経験として糧にさせていただきました。

 こうして今、僕が錬金術師として生きていられるのも、彼女と旅をしたあの日々があったからでしょう。

 これからお話するのは、そんな僕から見た──『彼女』の話です。



──────



 あれはまだ元号が大正だった頃で、当時の僕は十八になったばかりでした。

 故郷は名も無き小さな農村で、豊かでなくとも助け合いの精神がある、素晴らしい場所だったと記憶しています。

 ……実は、僕は幼少期に流行り病で両親を亡くしていまして。

 当時はさほど珍しい事でもありませんでしたが、村ぐるみの援助がなければ、僕はすぐに両親の後を追っていた事でしょう。

 その大恩を返したいと思った僕は、いつしか自然と錬金術師を志していました。


 今でこそ単なるオカルトだと揶揄される事もありますが、当時の錬金術は最先端の技術であり、それを行使する錬金術師は引く手数多な花形だったのです。

 国家資格を有する彼らは羨望の的でしたし、仮に資格がなくとも、錬金術が使える人が職に困る事はまったくありませんでした。

 なので、村への恩を返すためには、錬金術師になって大金を稼ぐ他ないと──実に短絡的ですが、僕はそう強く決意しました。

 かくして、村の仕事の手伝いと並行して勉学に励んでいた、春の終わり頃。

 僕は、彼女と出会いました。



──────



 その日は大時計の前に人々が集まっていて、僕も何事かとそこへ向かいました。

 ……ああ、『大時計』とはその名の通り、村のどこでも見えるほどに巨大な時計台の事です。

 遠くまで響く鐘の音で村中に正確な時刻を知らせてくれるので、村人達からとても重宝されていました。


「何かあったんですか?」


 近くのお爺さんに尋ねると、彼は困り果てながら「時間が止まっちまったんだよ」と教えてくれました。


 大時計を見上げてみると、確かに秒針が同じ場所で震えており、一向に進む様子がありません。

 こういう時は太陽と影の位置で時刻の目安を付けるのですが、その日は天気が悪く太陽も見えませんでした。

 続けて、お爺さんは「かれこれ半刻はこのまんまだ」と言いました。


「あの人はいないのかい? 錬金術師の……」


判道ばんどうさんなら町に行ってるみたいよ。早く帰ってきてくれるといいんだけど」


「おい、春成かずしげ。お前、錬金術を勉強してるんだろ? こいつを直せないのか?」


「えっ!? ……すいません。僕にはまだ……」


 突然話を振られて、僕は驚きつつも答えました。

 ……ちなみに、春成というのは僕の本名です。今使っている方は術師名じゅつしめいなので、一応の補足として伝えておきますね。


「そうか、無理言ってすまねえな。……判道さん、何してるんだろうなあ」


 判道さんは大時計の作成者であり、村で唯一の錬金術師です。

 ある日ふらりと村に住み着いた彼は、縁もゆかりもないはずの村に随分と尽くしてくださいました。

 例を挙げるなら……壊れた農具の修理や、軽い怪我の治療などでしょうか。

 すぐに村に馴染んだ彼に対し、僕を含めた村人達は尊敬の念を抱いていましたし、中には神や仏のように崇める人までいました。

 ですが時折、「研究材料を買うため」などの理由で、彼は近くの──と言っても、徒歩で半日はかかるような距離の町へ──車で向かう事がありました。

 間の悪い事に、その日も判道さんは町へと行っていたようなのです。


 何か出来る事もなく、皆で今か今かと判道さんの帰りを待っていたところ──


「どうされましたか?」


 ふと、僕の背後から、やけに大人びた響きをした少女の声が聞こえました。

 聞き覚えのない声に振り向くと──そこに、『彼女』はいました。


 そうですね、見た目を詳しく説明すると……見た目の年齢は十四、十五歳ほど。

 無表情ながら整った顔立ちは、どこか異国情緒を感じさせました。

 髪は肩にかかる程度の長さに切り揃えた黒髪で、瞳は鮮やかな赤色です。

 ……そうですね。、赤かったんですよ。


 他に覚えている事と言えば……黒い上着、いわゆるコートですかね。

 身の丈には明らかに合わない大きなコートを羽織っていました。袖からは白手袋が覗いており、極端に肌の露出を避けているようでした。

 隣には、大きな機械仕掛けの犬が行儀よく座っていました。機械人形オートマタですね。

 その犬の体がトランクの形をしていたので、もしかしたら旅人なのかもしれないと僕は思いました。

 ……どうして少女が一人で旅をしていて、しかもこんな辺鄙な村に来たのかまでは分かりませんでしたが。


「この時計がよぉ、壊れて動かなくなっちまったんだよ」


「そうなんですか。……少し、中を拝見しますね」


 説明を聞くと彼女は軽く頷き、堂々とした足取りで大時計の前へ出ました。

 そして躊躇いなく整備用の扉を開け、中へと入ってしまったのです。

 何人かが慌てて止めようとしましたが、彼女が「今直しますから」と言うと、その冷静な物言いにあっさりと身を引きました。

 時計の修理が出来るのならそれに越した事はありませんし、何よりその外見からは似つかわしくない『威厳』……のようなものに、どこか判道さんと同じものを感じたのかもしれません。

 何しろ、僕がそうでしたから。


 数分ほど修復作業を固唾を呑みながら見守っていると、「あ!」と誰かが時計盤を指差しました。

 全員がそこを見ると、三本の針がぐぐっと動き始めました。

 短針と長針が現在時刻で止まり、最後に秒針がいつも通り動き出すと、そこにいる全員が歓声を上げました。

 大時計の修理を見事に成し遂げた彼女は、人々の歓声を受けても表情を動かす事はなく、ただ謙遜するだけでした。


 しばらくして歓声が止むと、彼女は体のあちこちについた煤埃を掃いながら、今回の故障の原因を僕達に教えてくれました。


「一部の歯車が、元の位置から大幅にずれていました。少し前に地震があったので、おそらくはそのせいでしょうね。それらの位置を元に戻したのと、あとは術式陣じゅつしきじん──錬金術を行使するための円陣ですね──これが掠れていたので書き直し、時刻を現在のものに合わせました。また地震が起きなければ、大体……二、三年ほどは整備しなくても大丈夫だと思います」


 話し終わるのと同時に煤埃を掃いきった彼女に、


「アンタ……何者なにもんだ?」


 誰かがそう問いかけました。



白咲立華しらさきりつか。旅をしている錬金術師です」



 何の表情も浮かべずに名乗ると、彼女……白咲さんは数日ほどこの村に滞在させてほしいと言いました。

 曰く、次の町へ行く前に一休みしたいと。


「そっ、それなら、僕の家に来てくれないかい?」


 時計を直してくれた彼女に誰が恩を返すか大人達が相談する中、僕は勇気を出して白咲さんに話しかけました。

 外の世界……もとい、判道さん以外の錬金術師と話してみたかったのです。

 周囲が賛同してくれたおかげか、白咲さんもすぐに了承してくれました。


 家に案内する道すがら、僕は白咲さんに自己紹介をしました。


「僕は明哉春成あきなりかずしげ。立華ちゃんは──」


「立華、ですって? ……貴方、いくつ?」


 唐突に白咲さんに睨まれて、僕は思わずたじろいでしまいました。

 相変わらずの無表情のはずなのに、凄まじい覇気を滲ませていたからです。

 ……今思うと、勝手に年下扱いされて怒っていたのでしょうね。


「じゅ、十八だけど……」


「なら、『白咲』とお呼びなさい。私は貴方より年上よ」


 冗談だと思い「まさか」と笑うと、白咲さんは懐から何かを取り出して僕の眼前に突きつけました。

 それはなんと、錬金術師の免許証だったのです。


 ……当時は、錬金術を使えるだけで『錬金術師』を名乗る事はできませんでした。

 正式に『錬金術師』を名乗るためには専門学校に通うか、あるいは高名な錬金術師に弟子入りして学び、その後は国家試験に合格しなければならなかったのです。

 要するに、免許証はそれに合格した証ですね。


 僕は過去に一度、判道さんにも免許証を見せてもらった事がありまして、その時に『免許証には錬金術による特殊加工が施されているから、偽装は絶対に不可能だ』と聞かされていました。

 じっと目を凝らしてもどこが例の特殊加工なのかは分かりませんでしたが、彼女が持っていた免許証は判道さんの物とほとんど同じように見えました。

 そして生年月日の欄を見るに、僕より一つ年上らしいのもよく理解できました。

 この時、僕は本当の意味で「人を見かけで判断してはならない」と学んだのです。


「……すみませんでした、白咲さん」


 猛反省し、僕は即座に謝罪しました。


「分かればいいのよ」


 白咲さんは僕の謝罪に対しても表情一つ変えませんでしたが、少しだけ満足そうに頷きました。

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