【新譯】 大正アルケミスト復讐譚

独一焔

玄関前で

 街を抜け、人々の喧騒が聞こえなくなった頃。小高い丘の上に目的の館はあった。

 古びているけれど造りは立派で、しかし豪勢と言うにはささやかな印象の洋館だ。

 まるで丘の上から街を見守っているようなその館には、とある老人が一人で住んでいるという。


 『彼』は、この国……いや、世界でも有数の人物だ。

 かつて盛んに研究されていた、科学の元になった技術。

 今となっては魔法・魔術と並び、ただのオカルトとして忘れ去られてしまったモノ──錬金術。

 彼はその最後の使い手であり、人々は彼を指して『錬金術師』と呼ぶ。


 気が付けば、胸がひどく高鳴っていた。深呼吸を繰り返して鼓動を落ち着かせる。


「やっと、来れたよ……」


 たまに語られた記憶と遺された日記、他にも様々なヒントをかき集めて、ようやくここまで辿り着けた。

 私には、どうしても彼に会わなければならない理由がある。

 会って話を聞かなければならない。そのために、ここまで来たのだから。


「メモ帳ある。ボイスレコーダー……ある。アポも取ってある。あとは……」


 声に出しながら忘れ物が無いか確認する。外出前や道中でも何度かやったけれど、こういった確認は繰り返してしまうたちなのだ。

 それと同時に、電話越しに聞いた彼の声を思い浮かべる。

 とても穏やかで、優しそうな声だった。聞いただけで人を安心させる声だ。

 ……ただ、その声の通りの人物かどうかまでは、会ってみない事には分からない。


『そうね。……錬金術師って、変わり者が多かったもの』


 かつて『あの人』はそう言って笑っていた。彼もそうである可能性は拭えない。

 ──でも、それでも私は行くと決めた。行かなければならないんだ。



 あの人が、『彼女』が最初に、そして──心の底から  した人の元へ。

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