3-21 天ノ川遊星は切り札を切る

「遊星くんの家に陽花が泊まる? もちろん構わないが?」

「……え、そんなあっさりでいいんですか?」

「君に陽花を預けて、心配することなどないよ。なあ、母さん?」

「そうね~。むしろた~くさんお泊まりしてくれた方が、私たちは早く安心できるかも? なんちゃって~」


 どこまで本気なのか、スピーカーモードにした電話の先でご両親が楽しそうに笑っている。


 対して陽花は顔を赤くしてぷるぷると震えている。だがそこにある感情は照れじゃない。陽花は拳を震わせて、青筋を立てている。おこだった。


「……先ほども話しましたが、他意はありませんからね!?」

「わかっているよ、君のことは信用してるからね。それでは遊星くん、陽花のことをよろしく――」

「待ってください!」


 これで話は一段落。誰もがそう思ったタイミングの遊星の静止に、村咲ファミリーは黙り込んでしまった。


「すみません、急に大きな声を出してしまって」

「構わないよ。それで、どうしたんだい?」

「……突然なんですが、明日は丸一日。陽花さんのことをお借りしたいんです」


 遊星の言葉に、陽花がきょとんとした顔をする。このことはまだ陽花にも話していない。


「ほう? でも明日は平日だね?」

「もちろん、承知の上です」


 今日は水曜日。明日は通常授業で、早上がりになる予定もない。


「ですが明日はどうしても、陽花さんと行きたいところがあるんです」

「それはつまり、学校には行かないということかい?」

「はい。陽花さんと一緒に学校を休ませて欲しいんです」

「はっはっは、大胆だねえ。まさか泊まりのお願いだけでなく、ズル休みのお願いまでされるとは」

「でも明日しかないんです。……お願いします、お父さん。――これは一生のお願いなんです!」


 遊星の言葉に、ご両親は絶句する。


 一生のお願い。

 それは普通。親しい人に対してふざけ半分に使うような、相手の善意に頼るお願いだ。


 とても一度しか会ったことのない相手に使うような言葉ではない。だが――村咲家に限ってはその限りじゃない。


「……そうか、一生のお願いか」

「はい」

「遊星くんはこんなところで、一生のお願いを使ってしまっていいのかね?」

「もちろんです。だって一生のお願いは、一度しか使えない決まりはありませんから」

「なっ!?」

「お父さんだって、そうでしょう? 一生のお願い、これまでに何回使ったことがありますか?」

「そんなの……数えているはずがないだろう!」


 お父さんの開き直った答えに、お母さんが深くため息をつく。


「七回ですよ、ちゃんと覚えていてください」

「なに、そうだったか? 思ったより少なかったな、はっはっは!」

「私がされた回数だけですけどね、他の人にした回数までは把握しておりません」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。私はお母さん以外の人には……」

「あーあー、聞こえませーん」


 なにやら電話の先から不穏な空気が漂ってきたが、それを誤魔化すかのようにお父さんが咳払いをする。


「……あー、しかし遊星くん。良く知っていたね、私が何度も一生のお願いを使っていると」

「以前、お父さんから伺いましたよ」

「なに、そうだったか。すっかり忘れていたよ。あはははは!」


 先月、村咲家にお邪魔した時に聞いた話だ。


『一生のお願いは一度しか使えないわけじゃない』

『断らないで欲しい、誠心誠意のお願い』


 だったら遊星が使ってはいけない道理はない。

 しかも遊星はお父様の願いを聞いてあげたことがある、だったら遊星が使わせてもらってもいいはずだ。


「それで、お父さん。僕のお願いは聞き届けていただけるでしょうか?」

「当たり前だろう。これまで人にお願いしてばかりの私が、君の頼みを断れるはずがあるまい。……いいね、お母さん?」

「はいはい、構いませんよ。……それに私も、男性からの一生のお願いを断れたことはありませんから」

「お母さん!? それは一体どういう意味だい!?」

「さて、どういう意味でしょうねえ」


 それ以降。電話からはお父様の慌てる声と、お母様の拗ねた声しか聞こえなくなってしまった。


 もう通話している意味も無さなくなった頃、陽花の「切りましょう」の一声で部屋にはゆっくりと静寂が戻ってきた。




(……今更だけど、陽花からはまだなんの事情も聞けてないんだよな)


 家に帰ると言っていた陽花が、なぜ雨の夜道を一人で歩いてたのか。


 もちろん陽花が話したくないというのであれば、無理に聞き出そうとは思わない。


 でも、話して欲しい。


 遊星がそんな思いを籠めて視線を送ると、陽花は顔を俯けたままゆっくりと口を開く。


「色々とご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

「気にしないで、それに言ったでしょ? 迷惑になんて思わないって」

「でも……」


 陽花は表情を曇らせたまま、顔を上げられない。まだ話し出す勇気が足りないのか、よほど話すのに抵抗があるのだろうか。


 だったら別にいまでなくてもいい。そう思った遊星は先に自分のしたい話しをすることにした。


「そういえば陽花。順番は前後したけど、明日は僕に付き合って欲しいんだ」


 その言葉に陽花はハッとする。先ほど遊星が一生のお願いまで使って得た、陽花をズル休みさせる権利。それを使ってなにをするつもりなのか、それをまだ口にしていない。


「もちろん、陽花には断る権利があるよ。僕だってイヤがる相手を連れ回す趣味はないからね」

「……明日、どこに行くおつもりなんですか?」

「あじさい寺だよ」


 軽い調子で言うと、陽花は驚きと困惑が入り混じった表情をする。


「それは……今週末に行く予定、でしたよね?」

「うん。でも陽花だって知ってるでしょ? 今週末もすごい嵐になりそうだって」


 知らないとは思えなかった。

 一緒にあじさい寺へ行くという話が出たのは一ヶ月も前、その時に告白するという約束だってした。


 陽花が楽しみしてくれているのは知っている。

 先週も嵐で延期になってしまった、それからは毎日週末の天気をチェックし続けている。


 でも二人がその話題を口にすることはなかった。予報では先週と同じく、交通機関が止まるほどの嵐が来る可能性が高かったから。


 そんな嵐になれば、どうやっても行くことなんかできない。だったらネガティブな話を口に出すより、たまたま晴れる幸運を当日まで願いたかった。


「明日は降水確率も低いし、今週に行くチャンスはもう明日しかない」

「その次の週では、ダメだったんですか。なにも学校を休んでまで、明日に回さなくても……」

「僕が待てないんだ」


 陽花の目を見て、ハッキリ言う。


「もうこれ以上は先延ばしにしたくない。だから僕のワガママに付き合って欲しい、お願いします」


 遊星がひざに手をつきながら、陽花に頭を下げる。


「……それは一生のお願い、ですか?」

「違うよ、普通のお願い」

「ど、どうしてお父さんには一生のお願いを使うのに、私には使ってくれないんですか」

「…………だって陽花は断らないかな、って思ったから」

「も、もうっ!」


 遊星が頭を上げると、瞳に涙を溜めた陽花が微笑んでいた。


「……遊星さんのばかっ、ばか遊星さん」


 陽花が目を細めて笑うと、その頬に涙が伝い始める。その儚い姿に胸を締め付けられ、遊星は涙を拭おうと手を伸ばす。


 が、その手は空を切る。


 陽花がふいと顔を逸らし、涙を拭われるのを拒んだからだ。


 まさか避けられるとは思っていなかったので、遊星も思わずショックを受けてしまう。だが陽花も咄嗟の行動だったらしく、すぐに謝罪の言葉を口にする。


「ご、ごめんなさいっ! 今のは避けるつもりじゃなくてっ」

「……僕の方こそ勝手に触れようとして、ごめん」

「ち、違うんです! これはそういうのじゃなくてっ!?」


 遊星の声に落胆が混じっていたことに気付き、大慌てで陽花が弁解し始める。


「まだ私は遊星さんに謝れてなかったからっ! 先に甘えたりしちゃ、いけないって思ったんです……」


 言葉を重ねるうちに、陽花も次第に調子を取り戻してきたらしい。


 そして陽花はゆっくりと深呼吸をすると――ようやく今日のことについて話をしてくれたのだった。




―――――


 明日はちょっぴり陽花視点!

 遊星とすれ違っていた時のことを振り返る予定です……!

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