生徒会長にフラれたので、後輩ちゃんと付き合ったら幸せしかなかった件~僕がやめた生徒会は崩壊寸前?~
遠藤だいず
1章 後輩ちゃんと、友達から始めました
1-1 本当の失恋
「生徒会長、
「無理」
すげなく告白を蹴散らしたのは、漆黒ストレートヘアーの生徒会長――鬼弦桐子。
切れ長の瞳は遊星を見ようともせず、手元の資料だけに向けられている。
興味の欠片さえ伺えない、完全なる玉砕。
だがフラれた遊星は凹むどころか……逆に笑顔を浮かべてみせる。
「そうですか。それでは、また男を磨いて出直してきますね!」
「……いい加減、あきらめたら?」
「あきらめませんよ、僕は桐子さんのことが大好きですから!」
春休みの生徒会室。
会長席で頬杖をつく桐子が、気だるげな瞳を遊星に向ける。
「これで告白されるの、何度目?」
「十五回目です!」
「私に迷惑とか思わないわけ?」
「桐子さんが本気で迷惑だと思ってたら、僕はとっくに生徒会から追い出されてますよね?」
「それはまあ、そうだけど……」
桐子は口ごもり、窓の先へ視線を移す。
つられて視線を追うと、校庭には満開の桜。
遊星にとって
桐子に一目惚れして一年、生徒会に入って半年。
半年前は役立たずだった遊星も、いまでは会長の右腕として活躍している。
桐子が目を通している『入学式・会長あいさつ』と書かれた原稿も、すべて遊星が代筆したものだ。
「原稿、どうでした?」
「いいんじゃない、普通で」
「それはよかった」
昨夜、メッセージで「入学式の会長あいさつを、明日までに書き上げて」と言われて寝ずに仕上げてきたものだ。
徹夜で書いたものだが、いいものができたと思っている。
「ちなみにがんばった僕に、ごほうびがあったり……?」
「なにそれ。まさか天ノ川くんは見返りがなければ、私を手伝ってくれないの?」
「い、いえっ! 桐子さんのお役に立てれば、僕はそれだけで十分です!」
「そうよねぇ。あなたは私を手伝うために、生徒会に入ったんだから」
桐子はそう言って原稿を仕舞い、スクールバッグを抱えて背を向ける。
「どこ行くんですか?」
「帰るのよ」
「まだ他の役員は体育館で入学式準備してますよ?」
「うるさいわね、私は寝不足で体調不良なの」
「それは大変だ。でしたら僕が途中まで送って……」
「ついて来るな!」
ぴしゃりと言い切られ、遊星はその場で立ち尽くす。
「……あなたとずっと一緒にいると、疲れるの」
心底うんざりした様子でため息を吐く。
どうやら今日の桐子は、いつも以上にご機嫌ナナメのようだ。
触らぬ神に祟りなし。
お叱りの声も遊星にとってごほうびだが、必要以上には怒らせたくはない。
それに怒った桐子は怖い、鬼の生徒会長と呼ばれるだけのことはある。
だが不機嫌な桐子を前にしても、遊星には聞いておかなければならないことがあった。
「あのっ! 今回はなにがダメでしたか!?」
「……なんの話?」
「僕がフラれる理由です! 桐子さんが気に入らなかったところを教えてください!」
この一年、闇雲にフラれ続けてきたわけじゃない。
フラれるたびに桐子のダメ出しと向き合い、十四回の失恋と十四回の変身を遂げてきた。
性格が暗いと言われれば、陽キャ受けする話題を勉強してその輪に加わり。
髪型がダサいと言われれば、有名なサロンに行ってセットの方法を教わり。
バカはキラいと言われれば、夏休みを勉強で潰して学年トップを取った。
玉砕と変身を繰り返す遊星は、全校生徒に面白がられて注目を集め始める。
そしてついたあだ名が……ミスター失恋。
不名誉なあだ名でバカにされることもあるが、純粋に恋を応援してくれる人も多かった。
いまだ失恋続きの身ではあるが、着実に桐子の理想に近づけている手応えがあった。
フラれるたびに成長し、応援してくれる人も増え、生徒会の活動だって順調。いまでは遊星を次期会長にと推してくれる人もいる。
今回フラれても、また新しい自分に変わっていけばいい。
ダメ出しを乗り越えて桐子の理想に近づき、非の打ち所がなくなれば桐子だって振り向いてくれる。
それだけを信じて、今日まで自分を磨き続けてきた。
――だから、直後に言われたことの意味がわからなかった。
「ない」
「えっ?」
「気に入らないことはない、って言ったの」
「……では、僕はどうしてフラれたんでしょうか?」
「知らない」
(し、知らない……!?)
あまりにも雑な対応に、遊星は絶句する。
これまでのダメ出しはいつも具体的だった、だからどこをどう直せばいいか明確だった。
だがいま聞かされた言葉は理由でもなんでもない。
ウザい遊星を追い払いたい。そんな思いが透けて見えるほど、適当な言葉だった。
「それと体育館の手伝いはして帰ってね。私の抜けた分もしっかり働くこと、いいわね?」
だが仕事だけを押し付けることは忘れず、桐子はそのまま生徒会室を後にする。
遊星から告白されたことなんて、もう忘れてしまったかのようだった。
「……都合のいい、パシリ?」
桐子信者であることを自負する遊星は、自分の口からそんな言葉が出たことに驚く。
遊星は桐子が好きだ。
つっけんどんな態度も、恥ずかしさを誤魔化して怒鳴る声も、そのすべてを可愛いと思ってきた。
でも、いまはそう思えなかった。
恋の魔法とはよく言うが、その魔法が解けてしまったようだった。
(桐子さんと付き合えないのは、ずっと直すべきところがあるからだと思ってたけど……)
本当はそうではないのかもしれない。
魔法の解けた、冷えた頭で真面目に考え始める。
桐子は完璧主義で、人の失敗や欠点にはとても厳しい。
そんな彼女に直すところがないと言われたのなら、遊星は限りなく桐子の理想に近づけているはずだ。
それなのに遊星は今日、理由もなくフラれてしまった。それはつまり――
「……桐子さんはそもそも、僕を恋愛対象として見てない?」
理由もなく、フラれる。
いや、理由がないからフラれたのだ。
桐子に”好き”という感情が、欠片も生まれなかったから。
遊星を男として見ようとする気がなかったから。
理想に近づくとか、近づかないとか関係ない。
いい男になったら付き合ってくれる、なんて約束されたこともない。
桐子のダメ出しに従っていれば、いつかは付き合ってもらえると勘違いしていただけ。
「は、はは……そっか。僕はずっとパシリとしか見られてなかったんだ……」
これまで積み上げてきたものが、音を立てて崩れていった。
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