第43話 頑張って魔法学院に編入したのに変態扱いされた……

「ヒルデさんって出身どこなの? その髪って特殊だし」

「私も気になる。だって凄く綺麗な銀髪なんだもん……まるで女王陛下みたい。これ、どんな手入れしてるの?」

「えっと、出身ねぇ。あはは……」

「それよりあの剣術だろ。完全に人外だったじゃん」

「強い上に美人とか最高かよ。守られてぇ、美人なだけじゃないヒルデさんに守られる姫になりててぇ」

「何が姫だよ、お前男じゃん」

「うるせぇ。これは気持ちの問題なんだよ」

「ごめんなさい。私、もう守る人は決まってるの」

「うわーん! ヒルデさんにフられたー……!」

「はいはい、男子うるさい。ヒルデさんもこんなのに真面目に答えなくていいから」

「ええ……そうさせてもらうわ」


 ヒルデさんはすっかりクラスの中心にいた。

 試験を受けた翌日の朝。俺たち編入生の紹介とホームルームが終わると、クラスメイトたちがヒルデさんを囲んでわいわいと騒いでいる。

 木の机に精緻な模様が刻まれている椅子。壁際にはウィルヘイム王国の国旗であるユニコーンを模ったタペストリーが飾られ、正面の黒板も日本で見るものより細長く、それを囲む木の枠には葉や蔓のような装飾が見て取れる。

 校舎の外観もそうだが、教室の内装もファンタジーな感じだ。


 とはいえ、そんな教室でも学院生が騒ぐ声は、突然転校してきた美人女子を質問攻めという有様なので日本とそう変らない騒がしさだ。


「なんで……俺たちも編入生なはずなのにまったく話題にならない……」

「そりゃまぁ美人な女子と野郎だったら、注目は全部美人な女子が持っていくだろ」


 机に頬杖をついたまま呟いた俺に、正平がもっともな意見を言ってきた。

 後ろの席に首を回すと、黒地に黄色と赤のラインが入ったジャケットが目にとまった。ウィルヘイム魔法学院の男子制服だ。それをモデルのように着こなし、気難しげに腕組みをしている正平。こいつの場合は、見た目のクールっぷりと孤高な王子様オーラのせいで周りから距離を取られているんだろう。高校の時から一緒にいるが、イケメンすぎる見た目と他を寄せ付けない雰囲気から男女共に近寄りがたい人と認知されていた。

 でも俺は違う。平凡な容姿で、正平みたいに仏頂面でもない。最近羞恥心がちょっと薄れてきたが、純真なナチュラルボーイだ。試験の時だってナチュラルに半裸になって最高難易度のゴーレムだって倒した。これが話題にならなくて何が話題になるんだ?

 納得がいかないまま俺は、遠巻きにヒルデさんを眺めた。


「俺だって凄い技で倒したのに、なぜだ?」

「モザイク投げただけだろうが。この歩く公害」

「お前ちょっとヒドくない? 俺傷つくよ? 公害とか言われたらさすがに傷ついちゃうよ?」

「事実だから仕方ないだろ」

「いや事実無根だろ」

「風景をモザイクで汚染したじゃねぇか」

「俺はゴーレムに投げたんだ。風景には投げてない」

「言い訳をするな。半裸で、羞恥心ゼロの野遊びらんらん♪ ピクニックしやがって、楽園エデンに帰れ。こっちまで変な目で見られる」

「エデンって、俺はアダムか何かなの……?」

「ひィーッ、ふふっ。らんらんピクニックって先輩とマッチしすぎな響きッ。最高ッ、ひィーッ、もう息がッ、苦しくなってきちゃいました……ッ」


 正平と話していると、隣から馴れ馴れしい声が聞こえてきた。

 面倒な奴がきたな、と思いながら俺は横目で見やる。すると案の定、頬にふんわりとかかった金髪をぷるぷるとさせているフィーネが机脇に立っていた。


「貴様……! 俺を笑いものにしに来たな……!」

「うん、まぁそれもありますけど――」

「くそっ、年下の女子にオモチャにされるなんて。ヒルデさんはクラスメイトから称賛の嵐なのにどうしてこうなった……?」

「ヒルデさんの場合、本人の容姿と試験での立ち回りが派手だったから注目されてるんですよ。それに引き替え先輩たちは、本人より武器の方が凄いって思われているみたいですね」

「だったらその武器の話で話題になるはずだろ」

「じゃあ面倒なんではっきり言いますけど、抱き枕を振り回すヤバい奴や、半裸マンと仲良くしたい人はこのクラスにいないんです」


 ぐさり、ときた。

 登校初日でぼっち宣告。しかも半裸マンというあだ名つき。これは……完全にイジメじゃないか……そうだとしたら、うわぁ半裸マンだ逃げろー、という感じでウ〇コ踏んだ小学生みたいな扱いをされるかもしれない。


「くっ……これが力を得た代償か……」

「なにちょっとかっこよく言ってるんだ。勝手に払った代償だろ」

「それも文字通り身体で払ってましたしねぇ。あんなの誰かに脅されてない限りやったりしませんよ」


 正平とフィーネのじっとりとした視線がくすぐったくて、俺はぽりぽりと頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。


「いやー、機能美を追求した結果というか。使えるものはなんでも使う精神がそうさせたというか……つい出来心で」

「――と容疑者、成瀬翔なるせかけるは取調べで答えており『自分の陰部は機能美だ。俺の精神がそうさせた』などと露出を肯定するような態度で、まったく反省の意思は見られないようです」

「えー私ぃ、見ちゃったんですよ。あの男の人が急に下半身を露出させて、暴れだしたかと思ったらゴーレムという名のステージに立って叫んでいたのを……あれは狂気の沙汰でした」

「おいこらお前ら……ッ! 人を犯罪者みたいに扱うんじゃねーよッ!」


 ニュースキャスターな正平といい、そのネタに乗ってコメントしてるフィーネといい、こいつら本気で楽しんでやがる。

 異世界で魔法学院な環境でも、こうして友達や後輩属性貴族娘に茶化させていると学園ファンタジーというより学園ラブコメ――いや、ラブがないからただのコメディーか。


 そろそろラブが欲しいな……ラブホで裏切られたからラブ成分が不足してるんだよな。


 眉間に皺を寄せつつそう俺が考えていると、フィーネがぱっと顔から悪戯っぽい笑みを消した。


「あ、そうそう先輩。放課後から早速調査を始めるから、よろしくお願いしますね」

「うん……そういえばそれが目的で編入したんだったな」


 俺はふと思い出した。

シュペル村で見つかった学院のマント。今はそれだけが淫魔につながる手がかり。この学院に淫魔や植物人間が紛れ込んでいるかもしれないんだから、聞き込みにしろ、被害者が出てないか名簿を照らし合わせるにしろ、地道に調べる必要があった。

 俺は浮ついた心を引き締め、放課後に備えた。



(次回に続く)

 

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