第二泡【研】
水面のうたかた、余すことなく
第二泡【研】
第二泡【研】
翌日、宿を出てコンビニで買ったおにぎりを頬張りながら、目的地である花の展覧会が行われている場所へ向かう。
そこには色々な花が咲いており、正直、花に詳しくない3人の男たちは、どれが何の花かなど全くわからなかった。
信彦は詳しいのではないかと思っていたが、どうやら奥さんが詳しかっただけで、信彦はてんで詳しくない。
しかし、ただそこに咲いている花を見ているだけで、亡くなった奥さんのことを思いだすらしい。
「この花、あいつが好きだったなぁ・・・」
なんていう花かは知らないが、好きだと言っていたのは覚えている。
「綺麗ですねぇ!花なんてちゃんと見たこと無かったけど、綺麗なもんですね」
「ええ、本当に。綺麗ですねぇ」
なんていう花かは知らないが、そこに咲いているだけでただ美しいと思える。
なんていう花かは知らないが、こうして見ているだけで、あの頃のことが蘇ってきて、奥さんの笑顔もすぐそこにあるようだ。
その展覧会の敷地内にある団子屋に入ると、そこでみたらし団子を頼む。
「団子美味い!」
「善哉も美味しいんですよ」
甘すぎないタレが美味しかったらしく、真治は2本セットを3回頼んでいた。
それからまた少し花を見たあとは、奥さんと行ったという美術館へ向かった。
美術というものの価値は、真治も竜崎もわからないことで、信彦は知っているのかと思ったが、やはり信彦も知らないらしい。
ただ単に、綺麗だな、上手いな、こんな絵を描ける人がいるんだな、くらいにしか思っていない。
「俺、美術の成績1だったんですよね。なかなか無いですよね、1ですってよ」
「1を取る方に実際に会ったのは初めてですよ」
「高本さん、それは貶してます」
3人が並んで同じ絵を眺めていても、どういう解釈をして良いのかさえ分からず、徐々に、これ1枚で幾らするんだろう、という邪なことを考えていた。
美術館を見終えたところで、「あ!」と大きめの声を真治が出した。
何事かと思って顔を見れば、今日泊まる宿を探していなかったとのことで、急いでポケットから携帯を取り出して探してみたものの、近場での宿は見つからなかった。
どうしようかと考えるように腕組をした真治だが、ふと、顔をあげてこう言い放った。
「車中泊!」
きっぱりあっさり言い放った真治に対し、竜崎は呆れたように目を細めてため息を吐く。
「別にいいが、身体痛くなるぞ?」
「俺は大丈夫ですけど・・・。信さん辛いですかね?」
竜崎の車は大きめのものだし、シートを倒せば3人寝られるのだが、毛布もなにもない状態は辛いだろう。
竜崎と真治は平気だとしても、信彦はどうだろうと思って信彦を見ると、信彦はにこりと微笑む。
「大丈夫ですよ。これも旅の楽しみの1つですからね」
信彦がそういったこともあり車中泊になったのだが、それでも毛布はあった方がいいだろうということで、車を走らせてホームセンターを見つけ、毛布を購入した。
夏場とはいえ、夜になると急激に冷えてしまうため、シートの上にも毛布を敷き、3人横になって寝ると、上からの毛布をかけた。
「俺いびきかいたら許してくださいね。投げ出さないでくださいね」
「私は一度寝るとなかなか起きないので大丈夫かと思いますよ」
「俺は無意識のうちに手とか足が出るかもしれないが気にするな」
「大人しくしてます」
ご飯を食べ終えるとすぐ、3人は身体と頭を洗いたいと思いながらも、今日のところは、と我慢するのだ。
「おやすみなさい」
「もう行くところも無いだろう」
「ありますよ!!ね!信さん!」
暑かったからなのか、身体が痛かったからなのか、いつもより早く起きてしまった3人は、早めに出発することになった。
真治の希望で城跡を巡ることになり、楽しそうにしている真治と信彦。
武士の格好を出来るという企画もあり、真治は信彦と竜崎を無理矢理引き連れていき、その格好で歩きまわっていた。
さすがに、男3人でこんなことをしていることに恥ずかしさもあり、真治とは少し距離を取っていた。
城をバックに写真を撮り、殺陣の練習もさせてもらい、真治はすっかり気分は武士だ。
もとの格好に着替えると、今度は動物園に行きたいと言いだし、近くの動物園を探してそこへ向かった。
「めっちゃ久しぶり!動物の匂いするー!」
そんなことを言って、1人でどこかに行ってしまいそうにかけ出した真治は、途中で足を止めて後ろの2人を見る。
「猿がいますよ!」
動物園だからな、と思った竜崎だが、あえて言わなかった。
ゾウを見て、キリンを見て、ライオンを見て、アライグマを見て、シマウマを見て、ウサギを見て、カピバラを見て、隅の方にある暗い場所には蛇もいて。
隅から隅まで見て行くと、久しぶりに動物が可愛いと思う。
真治は一体どこに行ってしまったのか分からないが、気付いたときには竜崎と信彦の後ろにいて、手にはお土産があった。
何を買ってきたのかと聞けば、ゾウのフンチョコ!と元気に答えた。
動物園を見終えて、今度は散歩をしてどこかでランチにしようと言いだした真治の意見を聞き入れ、大きな公園の中にある散歩コースの途中のベンチに座ると、買っておいたおにぎりやサンドイッチを食べる。
そして食べ終えた頃、冒頭のような台詞を竜崎に言われたのだ。
「散々お前が行きたいところは行っただろ」
「行きましたよ!行きましたけど!もっと楽しい場所に3人で行きましょうよ!」
「だから、もう行っただろ。他にどこがあるんだ」
「だから、それを今聞いてるんじゃないですか!なんでそんなに帰りたがってるんですか!!」
「時間の無駄だからだ」
「無駄ってなんですか!!どうせやることもなかったくせに!!」
「まあまあ2人とも、落ち着いてください」
言い争いになってしまった竜崎と真治の間に割って入った信彦が、宥めるような口調で止める。
ひとまず時間も時間だから宿を探そうという信彦の提案を受け、真治がぷりぷりしながらも宿を探す。
竜崎はハンドルに手を軽く置いた状態で、窓の外を睨みつけていた。
素泊まりの宿なら見つかったということで、そこに向かって車を動かす。
いつもはぺらぺら話している真治も黙りこんでしまい、信彦は2人の顔を交互にみやり、どうしたものかと考えていた。
途中コンビニにより、真治と信彦が買い物をしている間、竜崎は1人車の中でじっと待っていた。
そのままどこかへ行ってしまったらどうしようかと思っていた信彦だが、買い物を終えるまで待っていてくれたし、乗り込んでから発進してくれたことに安堵する。
ご飯を食べ終え少し酒が入ると、言い争いはまた勃発してしまう。
「俺はなぁ!岡部、お前の運転手じゃねえんだぞ!!我儘も大概にしろ!」
「竜さんだって納得して運転してたんだろ!?それを今更俺のせいにするなよ!我儘なのかもしれないけど、今それを言うのはズルイからな!!」
「周りを巻きこむんじゃねえよ!!忍者屋敷?博物館?動物園?城跡?海!?そんなのてめぇの友達と行けばいいだろうが!!」
「だって竜さんがどこどこ行きたいって言わないからだろ!?行きたいところがあるならそう言えよな!!」
「俺はどこにも行きたくなかったんだよ!別に行きたいところなんか無かったんだよ!家でごろごろしてるだけで良かったんだよ!」
「じゃあなんで車出したんだよ!嫌ならそのとき言わなきゃ分かんねえだろ!!なんだよそれ!家でごろごろしてるなら楽しかっただろうが!!何がそんなに不満なんだよ!いつもいつもつまらねぇって顔してんじゃねえよ!!」
「つまらねぇ顔は生まれつきだ!」
「ああそうかよ!悪かったな!!」
「2人とも、落ち着いて・・・」
そんなに大きな声を出さなくても、と信彦が宥めようとするが、2人は互いの顔を睨みつけたまま、息を荒げていた。
そして顔を互いに逸らせたかと思うと、敷いてある布団をそれぞれ部屋の隅に持って行き、布団に入ってしまった。
信彦は声をかけようとしたのだが、そんな雰囲気ではなかったため、自分もおずおずと残された布団にもぐりこむ。
布団に入ったものの、もやもやした気持ちのままではすぐに寝付くことも出来ず、信彦はその日、朝方まで目を瞑っていただけとなった。
翌日、朝から不機嫌な2人がいた。
いつもなら、それほど会話は無くても一緒にご飯を食べているのに、竜崎は真治が起きるのを待たずに食べ始めてしまい、真治も起きてきたら竜崎が食べ終えるのを待ってから食べ始めていた。
信彦はゆっくりと、2人と一緒に食事が取れるようにしていたが、会話が無いのはなんとも居心地が悪かった。
心臓が締め付けられるような感じがして、食事が食べられなくなってしまい、ご飯の半分以上を残した。
信彦がご飯を残しているのを見て、ようやく真治が口を開く。
「食欲ないんですか?」
「ええ、ちょっと」
ふと、信彦は真治が持ち歩いている雑誌を手にし、頁を捲る。
そして、そこに載っているひまわり畑の写真を見て、ここに行きたいと言った。
信彦が行きたがっているということで、竜崎は車を走らせる。
その道中、やはり会話という会話は一切なく、信彦がどちらかに話しかけなければ車中は静まっている状態だった。
折角真治が持ってきていたCDも、竜崎がボリュームを下げているのか、それとも聞こえないようにセットしているのか、とにかく、あれば気が紛れるであろう音楽さえ無かった。
信号が赤に変わり、ブレーキを踏む。
息ぐるしいような時間が流れていると、信彦が胸を押さえ、呼吸を激しくし始める。
異変に気付いた真治が、名前を呼ぶ。
「信さん!信さん!?」
バックミラーで後部座席を確認した竜崎は、信号が青に変わるまえに、ナビで近くの病院を検索する。
信号が青になると、後ろを確認して車が来ていないことが分かると、車線変更をして病院へ向かう。
「信さんしっかり!水飲みます!?」
昨日買ったものだからすでに温いかもしれないが、真治はそれを取り出して信彦に渡すと、少しだけ飲んだ。
窓を開けて風を入れてみるが、信彦は未だ苦しそうにしている。
「岡部!病院に連絡しておけ!」
竜崎に指示され、真治はこれから行く病院を調べると、その番号にかける。
それから15分ほどで病院に到着すると、信彦はストレッチャーに乗せられ、そのまま運ばれて行った。
竜崎は車を停めてくると言ったため、真治は車から下りて、付いて行けるところまでは付いて行く。
何の検査をしているのかは知らないが部屋の外にいるよう言われたため、真治は大人しく待合室のソファに腰掛ける。
車を停め終わった竜崎は、ただ下を向いて座っている真治の隣の壁に背中をつける。
しばらくすると医者が出てきて、疲労とストレス、それにもともと不整脈を持っているため、それらが原因だとのことだった。
意識もはっきりしているし、本当は数日安静にしてほしいところではあるが、こういったことも初めてということで、安静にしていれば帰っても大丈夫と言われた。
少しして信彦が部屋から出てくると、真治は信彦に頭を下げた。
「信さんごめんなさい!俺があちこち連れ回ったせいで・・・!!」
「真治くん・・・」
「俺のせいでこうなったんだから、俺が払います!」
「気にしないでください。これは歳のせいです。真治くんのせいではありませんよ」
「いえ!俺のせいです!!」
自分が治療費を払うといって聞かない真治に対し、信彦は気にすることではないと言うが、真治はダメだという。
「車出してくる」
そう言って竜崎はその場を後にし、信彦と真治は2人揃って会計の方へ向かうと、すでに支払いはあったと言われた。
竜崎が車を入口手前まで運んでくると、それに乗り込み、宿まで走らせる。
そこは素泊まりではないちゃんとした宿で、多分、竜崎が予約したものだろうと思われる。
部屋に入ると、竜崎がいきなり真治の胸倉を掴みあげたため、信彦は止めようとしたのだが、竜崎の言葉に動きを止める。
「考えが甘い。判断が甘い。自分以外の奴らが自分と同じ思考回路、価値観、体力、その他もろもろ、持ってると思うな」
「思って無い!」
「思ってねぇンなら、自分と歳が離れた奴を、歩き回らせたり車ん中で寝泊まりさせたりするわけねぇだろ」
「あれは・・・!!確かに、俺が悪かった・・・。でも!それを思ってたんなら、なんでもっと早く言わないんだよ!!」
「人に言われないと気付かないのか?お前、何年生きてんだ?ガキじゃねぇだろ?」
「・・・っ」
反論出来ない真治は、ぐっと唇を噛みしめ、拳も強く握りしめていた。
「竜崎さん、もうそのへんに」
「高本さん、あんたもあんただ」
矛先は、信彦へと向かった。
掴みあげていた真治の胸倉を解放すると、真治は今にも噛みつきそうに、竜崎のことを睨みつける。
竜崎は言葉を止めることなく続ける。
「その身体で、無理についてこなくても良かったんですよ。途中で倒れたりしたら迷惑がかかることくらいわかっていたでしょう」
「それは」
「今回は俺達がいたから良かったですけど、1人のときにあんなことが起こってたらどうするつもりなんです?異変に気づいたなら早く言ってください」
「信さんにそう言う事言うなよ!俺達が喧嘩してたから言いにくかっただけだろ!!そんな信さんの気持ちも分からねえのか!!」
「感情だけでものを言うな」
「は!?」
すぐさま視線を信彦から真治に戻すと、竜崎はぐいっと一歩真治に近づき、威圧感のある顔が間近に迫る。
真治も負けじと立ちはだかるが、あまりの圧に思わず身体をのけ反らせる。
「今回は良かったが、もし重大な病気や怪我で入院、最悪死んでたとしたら、お前はどう責任取る心算だったんだ?」
その竜崎の言葉に、真治は何も返せない。
本人は大丈夫だと言っていても、信彦は確かに自分よりも遥かに年上なのだ。
竜崎は真治から離れると、さっさと1人で温泉に向かってしまった。
人が老いていくのは当然の摂理であって、それに抗う事が出来ない事は、真治自身もよくわかっていた。
真治のことを一番可愛がってくれていた祖母だって、ずっと病気1つせずに元気だったというのに、ある日急に倒れてしまって、そのまま亡くなってしまったのだ。
まだ大丈夫、まだ元気と思っているのは勝手だが、肉体と精神の老いの速度もまた、違うのだ。
真治が動かなくなってしまったため、信彦が声をかけてみると、真治はビクッと身体を反応させて信彦を見る。
明るめの茶髪が揺れると、真治は眉を下げて信彦に歩み寄る。
「信さん、本当ごめんなさい。信さんが辛いことにも気付かなくて、暑いのに外ずっと歩かせて、コンビニの弁当ばっかりで」
「真治くん、君のせいじゃないです。自分の体調管理も出来ていなかった私の責任ですから」
「でも、俺が連れまわさなければ、こんなことになってなかったかもしれない」
信彦は真治の肩にそっと手を触れる。
人当たりが良い真治は、嘘を吐くことが苦手で、何事にも正直に生きていたつもりだ。
その結果として、親には勝手にしろと匙を投げ出されてしまったのかもしれないが、それでも良かった。
良い高校に行け、良い大学に行け、良い会社に入れ、良い女性と結婚しろと、真治にとっては重要視していないことを、毎日のように言われていた。
一方の信彦は、高校卒業後に就職し、お見合いで結婚したのは良かったのだが、自分で決めた道かと問われると、疑問も残る。
とはいえ、可愛い子供たちと孫に恵まれ、自分は幸せなのだと思っていた。
「真治くん、私達も温泉に入りましょう。湯につかれば、気持ちもすっきりしますよ」
「信さん!!」
信彦と温泉に入りに行くと、竜崎は1人用の五右衛門風呂に入りどこかを見ていた。
話しかけようかとも思った真治だが、先程のこともあり、竜崎に話しかけることも出来ないまま、そして竜崎は2人を見ることもなく先に出て行く。
ぼーっと湯船に浸かっていると、信彦がとんとんと肩を叩いてきた。
何だろうと思ってそちらを見ると、信彦が空の方を指さしていたため、室内を見ていた視線を身体ごと外に向ける。
「でっけぇ」
「すごいですねぇ」
そこには、スーパームーンなのだろうか、とても大きくて綺麗な月があった。
月など毎日そこにあるもののはずなのに、こうしてまじまじと眺めるのはいつぶりだろうか。
「なんか、ああいうお菓子ありましたよね」
「ああ、ありましたねぇ。なんでしたっけ。中に甘いとろっとしたクリームが入ったやつですよね」
「あれ、たまに無性に食べたくなりません?落ち着く味っていうか」
「わかります。美味しいですよね」
そんな呑気なことを話していたから、真治が逆上せてしまった。
信彦が脱衣所まで支えてあげたからなんとかその場を脱出し、水まで持ってきてくれたから助かった。
信彦に御礼を言いながらゆっくり身体を起こすと、目に入った信彦のお腹を触る。
やめてくださいと言われ、真治は止める。
「みっともない身体ですから」
「俺だってそうなりますよ。親父だってたぽたぽしてますし」
「どうにかなりませんかねぇ」
「どうにもなりませんねぇ」
そんな会話をしていたから、今度は湯冷めした。
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