第144話 最後の飲み会



 完成する1日前夜、ナギとディークとエーリックは酒を酌み交わした。ユウリと言えば、ずっと妖力を注ぎ込んでいたため、疲れから酒を少し飲んですぐソファーで寝てしまっていた。

 そんなユウリにディークは毛布をかけてやる。


「ユウリ様、お酒弱いのに飲むから」

「まあユウリは実質まだ飲める年齢じゃない。酒の耐性がないんだろう」

「あっちの世界では何歳から飲めるんっすか?」


 もう大分出来上がっているエーリックが顔を赤らめながら訊ねる。


「20歳からだ」

「え? ちょっとまってくだせい。ユウリ殿下って何歳なんですか?」


 そう言えばエーリックはユウリの年齢を知らない。


「あいつは17才だ」

「えええええ! どうりで幼いはずですぜ。それに無知だ」


 エーリックは驚きユウリに首をむける。


「まだ伸びしろ満載だぞ。だからディーク、エーリック、ユウリを支えてやってくれ」

「わかってますよ。支えて差し上げないと、何するかわかりませんからね」

「だな。まあ坊ちゃんとは違いますが、ユウリ殿下も可愛い息子みたいな感じですからね」


 そう言って笑う2人は本心からだ。それが分かりナギも笑顔を見せる。


「たぶん明日には魔法陣は完成する」

「だがどうするんですか? 完成してもあちらに行く方法はまだ見つからないんですよね?」

「いや。大丈夫そうだ」


 それにはディークとエーリックは眉を潜める。


「わかったんですかい?」

「ああ。きのう夢で天陽大神そらのひなたのおおかみが現れ、心配せずにやれと言われた」

「それはどういうことですか?」

「俺は気にせず魔法陣で移動しろということだ。後のことは天陽大神そらのひなたのおおかみがどうにかしてくれるらしい」


 夢に出てきた天陽大神そらのひなたのおおかみは、ただ笑顔で


『ナギ、完成したら何も気にせず移動しておいで』


 と一言だけ告げて消えた。その瞬間目覚めた。最初、もう少し詳しく話してくれと思ったが、それがすべてなのだろう。ナギが出来ることはそれだけなのだから。


「じゃあもうすぐナギ様ともお別れなのですね」

「ああ」

「寂しくなりますなー。このまま坊ちゃんもユウリ殿下と一緒にこちらの世界で暮らせばいいのに」


 酔っているからか、エーリックは本心を口にする。


「そう出来たらいいけどな。向こうには俺を待ってくれている仲間がいる」


 サクラ、ミカゲ、ユウケイ、シンメイ、ヤマト、ソラ等、まだまだ沢山の人がナギを待っているだろう。そう考えると仲間と言える者が増えたなと実感する。


 そんなことを思いながら微笑み酒を口にするナギを見てディークが言う。


「ナギ様、あちらの世界にたくさんの信頼出来る仲間がたくさん出来たのですね」

「そうだな」


 そう応えるナギは笑顔だ。そこでエーリックが思い出したと口にする。


「そういえば、サクラさんという方はナギ様の彼女ですか? まったく女っけがなかったナギ様に女性の名前が出てくるとは驚きですなー」


 ニヤニヤして目を細めて聞くエーリックは、ただの酔っ払った面倒くさいおじさんだ。


「お前が考えている関係じゃない。元々はユウリの許嫁だ」

「え?」


 エーリックは驚き目を見開き、寝ているユウリを見る。


「許嫁がいたのに、ユウリ殿下はクリスティーヌ様を好きになられたんですね。見かけによらずやりますなー」


 勘違いしているエーリックに、これはやばいとナギは面倒だったが誤解を解くため今までのことを説明する。


「なるほどねー。じゃあユウリ殿下とそのサクラさんは姉弟みたいな関係で恋愛感情はまったくなかったということですな」

「で、初めて好きになったのがクリスティーヌ様だったと言うことですね」


 エーリックの誤解も解け、ディークも初めて聞く内容に納得がしたようだ。


「で、そのままサクラさんはナギ様の許嫁になったのですね」

「ああ」

「で、坊ちゃんはサクラさんをどう思っているのですか?」

「どうって、考えたことがないな。いつも一緒にいる者という認識だ」

「……」

「……」


 ディークとエーリックは目を細めて「この男は、まったく変わってない」と抗議の目をナギに向けると、


「だが……」


 ナギは下を向きボソッと言う。


「いつも気にはなる。泣き顔は見たくない。いつも笑っていてほしいと思う」

「!」


 ディークとエーリックは目を見開きナギを見る。そして笑顔を見せる。


「そうですか。わかりました」

「ですな。まあ坊ちゃんのサクラさんの位置付けは分かりやした」

「?」


 首を傾げるナギに、2人はそれ以上言わずに笑顔を見せるだけだ。


 ――この疎い男には、これが精一杯なのでしょうね。


 ――まあ、そのうちそれが何か気付くだろう。


「じゃあそのサクラさんのためにも早く帰って安心させてあげないとですね。サクラさんの性格上、ナギ様がいなくなったのは自分のせいだと思っていらっしゃると思いますので」

「ああ」


 ――ずいぶん泣かせたのだろうな。


 それが一番今気がかりで、早く戻りたい理由だ。


「そうですなー。早く誤解をとってあげねえとな」

「そうだな」

「坊ちゃん、ちゃんとその時はサクラさんをぎゅっと抱きしめてあげてくだせーよ」


 そう言いながらエーリックは自分を自分の腕で抱きしめるマネをする。


「エーリック、お前酔ってるだろ」


 半目になりナギは言う。


「酔ってますぜ。だから酔ったおやじの戯れ言だと許してくだせい」


 そう言ってエーリックはまた酒を口に運ぶ。


「ついでに言わさせてもらいます。坊ちゃん」

「? なんだ?」

「もう戦争は終り、新しい世界で新しい生活をし始めた。だからもう、国王が無くなったことに責任を感じることはやめましょう」

「!」

「あれは仕方なかったんす。ああするしかなかった。ああしなければ、国王も坊ちゃんも死んでいた。そして国王は最後に親として坊ちゃんを守るという役目を果たされて喜んでみえた」

「……」

「だからもう、責任を感じて戦わなくてもいいんですよ」

「……」

「過去は消えねえですが、過去にとらわれちゃいけねえ。もうあんたは新しい人生を歩みはじめたんだ」

「……」

「坊ちゃんが守りたいものは何ですか? 過去の辛い出来事じゃないですよね。あんたには大切な人達がいる。そして守りたい者も出来たはずだ。そういう人達のことを考えてくだせい」

「エーリック……」


 するとエーリックはぐしゃっと顔を緩ます。


「飲み過ぎたみてえですな。歳とるとだんだんと説教くさくなる。さあ私はもう寝ます」


 そう言って立ち上がるエーリックにナギは言う。


「エーリック、ありがとう。お前の言う通りだ」


 エーリックはただ笑顔を見せ、手を上げ部屋を出て行った。


「エーリックには、いつも気付かされる」


 そう言ってまた酒を口に運ぶナギにディークは微笑む。


「エーリックさんはナギ様の師匠であり、育ての親みたいなものですからね」

「そうだな……」


 人生のほとんどをエーリックと一緒に過ごした。そしてどんな時でも味方でいてくれた唯一の存在。


「第二の父と言ってもいいぐらいだな」

「そうですね」


 そしてディークも酒の樽から手を離し背筋を伸ばしナギを見る。


「ナギ様、本当に今までありがとうございました」


 ナギもディークを見る。


「改まってどうした」

「ちゃんとお礼を言おうと思って。ナギ様がいなくなった後、そういえばちゃんとお礼を言ってなかったなと」


 あの時は急だったため、そこまで頭が回らなかったのだ。


「あの時は急だったしな。それに怒りの方が強かったんだろう」

「そうですね。相当ムカつきました」

「……」


 淡々と言うディークにナギは何も言えなくなる。


「でも時間が経つにつれて、ユウリ様の面倒をみるようになって、これでよかったのだと思えるようになった時、初めてナギ様への感謝が沸きました」

「えらい時間がかかったな」


 ナギは顔を引きつらせながら突っ込む。


「ええ。それだけあなたは私にとって問題ばかり起こす主でした」

「それはすまなかった……」


 ナギに反論する余地はない。


「でも今なら心の底から言えます」


 ディークは立ち上がると頭を下げて言う。


「本当に今までありがとうございました」

「ディーク、それを言うなら俺のほうだ。お前には本当に迷惑ばかりかけた。だがお前がいてくれたから俺は好き勝手に行動が出来た。向こうの世界に行ってよくわかった。今までどれだけお前に頼っていたのかと。お前に甘えていたのかとな」


 ナギも笑顔を見せて言う。


「お前には感謝している。ありがとう」

「ナギ様……」

「これからはお前の好きなようにしてくれ」


 するとディークは真顔で速攻否定する。


「それは無理ですね。ユウリ殿下でほんと毎日が忙しいですから」


 そう言って椅子に座ると寝ているユウリを見る。


「ナギ様とは違いますが、あの方も相当な問題児です」

「あはは」

「ですが、尻拭いばかりさせられたナギ様とは違い、ユウリ様は何も知らない赤子で手がかかるという問題なので、かわいいものです」


 そう言って微笑むディークは、親が子を見るような顔だ。


「ですから毎日が楽しい忙しさです」


 そしてディークは酒を一気に飲み干す。


「なんか俺の時は楽しくなかったみたいだな」


 するとディークはムッとしてナギを見る。


「私が楽しくやってたように見えましたか?」

「……いや」

「ほんと何回、いや何百回辞めようかと思ったことか。あなたは本当に私の神経を逆立てることが得意な主でしたよ! どれだけ私があなたに振り回されたか知ってますか!」


 そして空になったガラスのコップに酒を自分で注ぐとまた一気に飲む。


「お、おい、ディーク? そんなに飲むな」


 だがディークは聞かない。


「もう最後なので言わさせてもらいます!」

「え?」


 それからディークが酔い潰れるまでナギは説教をくらい続けたのだった。




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