第五章

第54話 ユウケイの武勇伝



 1ヶ月ぶりにヤマトが学校にやって来ていた。ナギはミカゲに放課後呼び出され、ヤマトの部屋へと向かう。その間ずっとナギはあくびをしていた。


「お前、最近ずっと授業中寝てるらしいな。大丈夫か?」

「ああ……」


 ナギはあくびをしながら応える。


「毎日夜中に懲りずに妖魔の改良種がやってくるからなー」

「毎日?」

「ああ」

「そりゃきついなー。大丈夫か?」

「なんとか……」


 ヤマトの部屋へ行くと、ヤマトと天宮がいた。


「やあナギ、ひさしぶりだね」

「久しぶりっすね」


 あくびをしながら挨拶するナギに天宮が注意しようとすると、ヤマトが止める。


「なんか眠そうだね」

「ああ。毎日寝不足ですよ」


 ナギは毎日妖魔の改良種が夜中襲ってくることを説明する。


「毎日か。それは辛いね」

「まあ、そう強くないやつばかりだからいいが、真夜中にくるのだけはやめてほしい」


 そしてまたあくびをするナギだ。


「強くないと言っても改良型だろ? レベル7以上を弱いって……」


 天宮は驚きナギを見る。


「毎日って、サクラとか他の者とかは大丈夫なのか?」

「ああ。妖魔に気付いているのは俺とマサキぐらいだからな。夜の警備はやめさせている」


 ナギの言葉にミカゲは眉を潜める。普通は襲ってくれば誰かしら気付くはずだ。ましてや護衛の者は元軍人の者のはずだ。


「なぜ他の者は気付かない?」


「あー、そこか」と言ってナギは説明する。


「屋敷がある場所の結界は2重にし、中庭の結界をわざと少し弱くし、妖魔は中庭からしか侵入出来いようにした。そして侵入した妖魔を中庭を囲むように防音の結界を張り、逃げれないようにして倒している感じだな」


 ナギの説明を聞いたヤマトが興味津々と言う目を向ける。


「すごいね。それってどうやってしてるんだい?」

「ああ……。それは企業秘密だから教えれないです」


 ナギはどうにか誤魔化す。魔法だから出来ることなのだ。そんなことをヤマト達に言えるわけがない。

 困った顔をしているナギを見ながらミカゲも苦笑する。


 ――そりゃ言えねえよな。何でもありの魔法だからな。


 ナギの説明だとナギの使う魔法は、魔法の性能を幾何学的な図形に表現化し、色々な性能を組み合わせ魔法陣にした応用編のものだと言っていた。ある程度魔法によって魔法陣の図柄は決まっているが、その性能を高めるためにナギは自己流で作っているらしい。力が強い者は大体が自分だけの魔法が使えるらしい。ならば魔法が出来る者でも簡単にはマネ出来ないものだということだ。


「ナギのは誰もマネ出来ねえよ。諦めなヤマト」


 ミカゲが援護する。


「そのようだね」


 ヤマトはこれ以上は無理だと諦め、他の質問をする。


「毎日家に来てるってことは、どこの奴らなのかぐらい分かったのかい?」


 ヤマトの質問にナギは首を横に振る。


「いいえ。どうも改良種にはある種の暗示がかかっているのか、聞きだそうとすると、自爆するからきけやしない」

「自爆だと!」

「ああ」


 最初の何体かに問いただすと、全員がしゃべれなくなり、腹を押さえ、その後自爆した。だから今は何も聞かずに抹殺することにしていた。


「自爆されてはこっちがたまったもんじゃないから、途中からそのまま聞かずに倒しています」


 さらっと言うナギにミカゲ達は驚く。


「お前、自爆で何ともなかったのか?」


 自爆と言っても、けっこうな威力のはずだ。無傷ではいられないはずだ。


「ああ。シールドすれば問題ない。それによくあったことだったし」

「よくあった?」


 ヤマトと天宮が怪訝な顔を向ける。


「あ、いや。よくあるだろうから、想定はしていたということです」


 つい前の世界の感覚で口走ってしまい焦って言い直し、変に勘ぐられても嫌なので話題を変える。


「そっちは何か分かりましたか?」

「これと言ってないが、ただ、ユウケイさんが色々阻止しているみたいだね」

「父が?」

「うん。イーサや保安部からユウケイさん宛にサクラさんをもう一度稀人検査ををさせてほしいと依頼が来ているようだ」

「正式に?」

「うん。妖獣に狙われたということは『稀人』ということが考えられるというものだ」

「は? なんだそれ。そんなもん言いがかりじゃねえか」


 それにはミカゲが反論する。


「そうだね。小学生の時にサクラさんは稀人ではないと判定が出ているんだ。普通ならそんなことを言ってくることはない。ましてや学校で襲われた時はサクラさんだけじゃなかった。再度ルプラがサクラさんを襲ったことは報告していないから知らないはずだからね」

「で、父はなんと?」

「僕達と同じだよ。それは正当な理由にならない。それよりなぜそこまでサクラさんに執着するのだ? そう言っている者を直々に私の所までこいと凄い剣幕で言い返したみたいだ」


 さすが一條家当主だとナギとミカゲは感心する。


「怒らせた一條ユウケイに言われたら誰も文句は言えねえよな」


 実質皇帝の次の権力者だ。怒ったユウケイがどれだけ怖いか皆知っている。


「父って怒ったことあるのか?」


 仕事でのことだからかユウリの記憶ではない。


「そうか。お前知らないんだな」

「まあ確かにあれは10年前だったかなー」

「ですね。有名な話ですね」


 ミカゲ達は3人で顔を見合わせて言う。


「何があったんだ?」

「10年前、一度ガーゼラ国の奴らが西の都市、とり市を攻撃したことがあったんだ」

とり市?」


 ――どこかで聞いたことがある都市だな。


 一番西に位置する敵国ガーゼラ国とその他3国ほどが隣接する貿易が盛んな都市だ。


「あそこは貿易が盛んだからな。軍事協定で攻撃はしてはいけないという約定が結ばれていた土地なんだよ。それをガーゼラ国の5つある軍のうちの1つ、黒軍くろのぐんが攻撃をしたんだ。そしてそのとり市はナギの亡き母親の実家の都市だったんだよ」


 ――ああ。そうだ。ユウリの母親の実家があり、母親の希望で墓もその都市にあったんだったな。


 ユウリの母親は病気で10年前に他界していた。


「ちょうどお前の母親が亡くなって間もなかったからだろうな。ユウケイは相当怒ってな。皆の制止を振り切り1人敵軍に乗り込んだんだよ」

「え? 1人でか?」

「ああ」


 今のユウケイからでは想像がつかない。


「でだ。1日で黒軍全員倒しちまったってやつだ」

「は? 1人でか?」


 ナギは驚き声をあげる。


「ああ。俺もすぐに追いかけて行ったから知ってるんだが、あれはプッツンしてたなー」


 ミカゲはその時を思いだし楽しそうに話す。


「なんか楽しそうだな。ミカゲ」

「そりゃそうだろ。あのユウケイが切れたんだぜ。お前と一緒だ。ユウケイ、特殊能力色々と隠していやがってな。俺だけしかいなかったから、制限外して全力の妖力ぶちまけたもんだから、ほとんどのガーゼラ国の兵士は恐怖から戦意喪失しちまって、あっという間に倒しちまったんだ。そして大将のやつは1人尻尾巻いて逃げちまったってやつだ」

「さすがユウケイさん。皇族の血が流れているだけあり妖力が半端ないね」


 ユウケイの母親は皇族で前皇帝の姉だ。そして一條家の膨大な妖力の父を持つユウケイが妖力が膨大なことは皆周知していることだ。

 そこで思う。


 ――ってことは、ミカゲやヤマト様は俺の遠い親戚になるのか。


 だからナギが無礼な態度をとっても強くは怒られないのだと気付く。


「父が怒ったのがあまり想像出来ないな」


 ユウリの記憶を辿っても、ユウリの前で怒ったことはない。そこで母親が亡くなった時の記憶を引き出す。


「母さんの実家があり母さんの墓石があったから、父は怒ったんだな」

「ああ。そうだ」


 まだ6才だった幼いユウリの記憶でも鮮明に残っている。ユウケイはユウリの母親が亡くなった時にずっと泣いていたのだ。愛していた妻の墓石を壊されたのなら、切れても仕方ないだろう。


「父の妖力ってミカゲからみても凄いのか?」

「ああ。俺ぐらいあるんじゃないのか?」


 なんとなく幼い頃にミカゲが一條家にいたことが分かった気がした。膨大な妖力を持つミカゲに対応出来るのがユウケイしかいなかったからだ。


「ミカゲ」

「なんだ?」

「若い頃、相当父を困らせたんだろ」

「……」


 それにはミカゲもヤマトも天宮も何も言わない。


「図星か」

「うるせい! 若気の至りだ」

「言いようだな」


 ナギは笑う。


「ミカゲさんもナギには勝てないね」

「どうもこの親子は苦手だ」


 ミカゲはムッとする。ユウケイも苦手なのかとナギはふっと笑う。


「話を戻すけど、そういうことが過去にあったから、ユウケイさんをまた怒らせてはいけないとそれ以上は言ってこないみたいだね」

「だから強引に九條サクラさんを一條家から連れだそうとしているということですか?」


 天宮が訊ねる。


「そうだろうね。でもまあ大丈夫そうだね。国はユウケイさん、家はナギ、そして学校はミカゲさんが守っているんだからね」


 そこでナギはミカゲを見る。


「学校にもか?」

「これと言って何か国が言ってくることはないが、一応俺のマキラが見張っているだけだ」

「マキラってミカゲの従魔のことか?」

「ああ」


 ミカゲの従魔は敵を感知する。ならば確かに安全だろう。

 そこであることに気付く。


「あの狼にも名前があるんだな」


 ヤマトの従魔にも名前があるのだ。ミカゲの従魔にも名前があっても不思議ではないのだが、初めて見た時に教えてもらえなかったため気にしなかった。


「あるに決まってるだろ。名前がないと呼べないじゃねえか」


 確かにそうなのだがとナギは思うが、どうも腑に落ちない。


 ――わざと教えなかったな?


 目で訴えれば、ミカゲはにぃっと笑顔を見せるだけだ。それが答えだった。


 ――正解か。


 あの時初めて顔を合わせたのだから、警戒されたということだろう。


「ナギは大変だろうけど、これからもよろしく頼むよ」








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