第52話 ナギの従者の苦悩
サクラがナギの家に来て1ヶ月が経った。
サクラは夜部屋で父親のテツジと電話で話していた。
「お父さん、まだ家直らないの?」
『ああ。けっこう派手にやられたからなー。それに工事が遅れててなー。まだ当分かかりそうなんだ』
「ええー。いつまでもナギの家にお世話になってるのよくないと思うんだけど」
『別にそれはユウケイは気にしなくていいって言ってたから気にしなくていいよ。なんならそのまま住んでくれてもいいって言ってたぐらいだ』
「なにバカなこと言ってるのよ! 良くないに決まってるでしょ!」
許嫁だからと言ってずっとこのまま住んでいていいわけがないのだ。
「それにもう襲われることもなくなったんだから大丈夫でしょ?」
ルプラはもうナギが倒していないのだ。それならば別にもう危ないことはないはずだ。
『いや。お父さん、仕事が忙しくてなー。家に当分帰れないんだ。そうなると、今九條家に戻ったらサクラしかいないことになる。フジもアヤメも寮だからな。だから何かあったら誰もお前を助けてやれる者がいない。だからもう少しナギ君のところでお世話になってなさい』
「で、でも」
『もう忙しいから切るぞ。じゃあな。ナギ君によろしく』
「あ、ちょっとお父さん!」
だがそこで切られてしまった。
「もー!」
サクラはムッとしてベッドに寝転ぶ。すると外でバチバチと音がした。
「ん? なんかまた音してるなー」
ナギ曰く、虫駆除の器具に虫が当たってバチバチ言っているだけだから気にするなと言っていたため気にせずに寝ることにする。
「さあ寝よっと」
その頃、中庭にナギはいた。
「ったく、毎日懲りずにやってくるなー」
目の前の妖獣を見ながら嘆息し文句を言う。すると、
「なんでだ!」
と、カメレオンのような妖獣が縛り上げられながら叫ぶ。そんな幼獣に耳の穴をほじりながら、さも面倒だと嘆息しながら応える。
「なにがだ?」
「なぜ俺の姿が分かったんだ! 完璧に姿を消したのに!」
――この家の周りには俺の魔法の結界が張り巡らせてある。そして魔法以外の力が触れると感知して電撃を流すようにしてあるんだ。だからこの世界のすべての生きている者はすべて感知するんだよ。だがそんなこと教えるつもりは微塵もないが。
「なぜだー!」
「わかりきったこと聞くな。お前が弱いからに決まってるだろ」
「俺が弱いだと! そんなわけがないだろ! 嘘を言うんじゃねえ!」
「はあ……。相手の強さも分からない時点でアウトだろ。改良するならもう少し頭のいい妖獣にしろ」
ため息をつきながら手を妖獣に翳す。次の瞬間、妖獣はナギの焰の魔法で跡形もなく燃え尽きた。それを後ろで見ていたマサキが嘆息する。
「容赦なく焼き払うんですね」
「当たり前だ。時間の無駄だ。こっちは眠いんだよ」
ナギは溜息をつきながら応える。そんなナギにマサキは苦笑する。ここ数日、毎日のようにサクラを狙って改良型妖魔が夜中やってきていた。その都度ナギは妖魔を倒していたのだ。それに気付いたマサキはナギだけに負担をかけまいとして起きているのだが、ナギはいつも1人で倒してしまうため、することはなく、ただ側にいるだけになっていた。
「確かにそうですが。こうも毎日のように改良型妖魔が来ると、おちおち寝てれませんね」
「ああ。別にマサキは寝てくれていいぞ」
「ナギ様が起きて駆除してくれているのに、私が寝るのはおかしいでしょう」
「おかしくない。俺がいいって言ってるんだ」
「いいえ。ナギ様がいいと言われても私が許せれないんです」
真剣な顔をして本心を言うマサキにナギはふっと笑う。最初会った時とは大違いだ。最初はまったく主人と思っていなかったようだが、今ではナギをユウケイと同じように扱ってくれている。それはとても有り難いことだが、どうも少し過保護というか、忠誠心が強すぎる点がある。
――ディークぐらいがいいのだが。
やはり付き合いが長かったせいか、ディークはナギの扱いをよく知っていて、忠誠心はあるが、ある程度ナギの好きなようにさせてくれていた。
――まあ、あそこまでになるには相当期間があったのだが。
ディークの数々の怒りの顔を思い出し、眉を潜める。
――嫌なことを思いだした。
今思えば、ディークも最初はマサキのようだった気がする。
「マサキ」
「はい。なんでしょう?」
「あまり俺に尽くさなくていいぞ。ただ腹立つだけだぞ」
「じゃあ私が腹が立たないように振る舞ってください」
「……」
次の日、ユウリはナギにディークとのやり取りを話してきた。
「今日さー、ディークがナギの文句言ってたよ」
――なんというタイミングだ。
話はこうだ。
ディークとユウリはお茶をしながら話していた。
「ディークってあまり感情的に怒ることってないよね?」
「まあ、そうですね。ナギ様で鍛えられましたから」
「え?」
「もう何度あの方の行動に腹を立てたことか。もう勝手なことばかりしてくれましたからね。どれだけ注意してもあの方は自分の意思を変えることはなく、自分勝手に行動するわ、危険なこともするわ、最後は異世界に行ってしまい、ユウリ様の面倒を見ろというわ。私が今までどれだけあの方の尻拭いをしたことか。あー! 考えるだけで腹立たしい!」
「あはは。なるほどねー」
「で、あまりに毎日怒っているのも疲れましたので、ある時から深く考えるのをやめました。あの方はちょっとやそっとじゃ死なないということも分かりましたから」
そう言って不適な笑みを浮かべるディークに、ユウリは思う。
――あー、悟りを開いちゃったのね。
「まあ、あちらにも私と同じような従者の者がいるとのことですので、今頃はあのどうしようもない身勝手極まりない従僕泣かせの男に腹を立てているでしょうね」
『――って言ってたよー』
「……」
まさにその通りなので何も言えない。
『聞いてる? ナギ?』
「あ、ああ」
『で、どうなの? マサキさんとは仲良くやってるの?』
「ああ。やってる」
『あ、その言い方だと、ディークが言ってた通りみたいだねー。うふふ』
「……」
変なところで感がいいやつだとナギは目を細めて思う。
『ねーねー。なんか言ってよー』
「もう眠いから切るぞ」
『あー! 逃げるなー! ナギー! まだ――』
強制的に切ったナギだった。
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