第2話 金沢駅

 新幹線は快適だった。サンドイッチを食べ終わり、ガムを噛みながら車窓を眺めると、見慣れた東京の街を過ぎ、徐々に建物が減って行く。あまり天気は良くなくて、曇り空だった。そして、スマートフォンにダウンロードしておいた新聞を読んだ。

 普段は紙の新聞を読むが、料金無料で紙面ビュアーが利用できる昨今。スマートフォンで文字を読むと目が疲れがちだが、移動の際には便利だ。今日のように一人で出かける時には、新聞を持って出かけるわけはいかないが、こうしてスマートフォンにダウンロードしておけば、移動先で読めるのだ。

 東京駅を8時12分に出発し、終点の金沢駅には10時47分に到着する。つまり2時間半だ。新幹線の切符は「eチケ」を利用している。これが便利なのだ。インターネットで席の予約をすると、eチケか切符かを選ぶ。切符の場合は駅の発券機で発券しなければならないが、eチケの場合は自分が持っているSuicaなどの交通系ICカードに情報が入る。そうすると、最寄り駅の改札口でカードをピッとやって入り、新幹線に乗り換える時、新幹線を降りて在来線に乗り換える時、最終的にJRの改札を出る時、何も考えずにカードをピッとやって通ればいいのだ。

 今までだと、乗車券と特急券がそれぞれあって、最寄り駅からは乗車券だけを改札に通し、新幹線に乗り換える時には2枚の切符を重ねて入れる。新幹線を降りた時には乗車券だけが改札機から出てくるので、それを持ってローカル線に乗り換える。乗車券と特急券を間違えたり、子供と大人とで間違えたりしないかどうか、切符を扱うのは大変だった。そういえば、切符を重ねて入れる時代と、1枚ずつ入れる時代とあったし、最寄り駅からSuicaで入ってしまうと新幹線に乗る前に処理してもらわなければならない時代と、新幹線の改札でSuicaをピッとやってから新幹線の切符を入れるという時代もあった。ずいぶん新幹線には乗ってきたものだなあと感慨深い。とにかく、eチケは便利なのだ。

 さて、目的地の金沢駅に着いた。長男が先日旅行の際、スーツケースを列車に置き忘れて降りてしまったという事件があったので、特に慎重になって……いや、ほぼスーツケースしか持ち物がないので、忘れるわけはない。家族がいて、特に子供が小さい時などは忘れ物がないか必死だったし、いつも何かしら置いてくる長男に振り回されたりしたものだが、今日は一人。忘れ物を指摘してくれる人もいないが、私が他人を気にする必要もない。

 今日の出で立ちは至ってシンプル。というか、ラフな格好である。水色のロングTシャツに薄い黒いジーンズもどきのレギンス。靴はスニーカー。これがただのスニーカーではない。ボランティアシューズなのだ。東京2020大会でボランティアをした。フィールドキャストと言われたあれだ。そのユニフォームの一部である、アシックスのシューズ。全体的にグレーで、紐が紺色。かかとの部分に「Tokyo2020」と華々しく書いてある。このシューズが、ものすごく歩きやすいのである。今後も普段履きとして活用するつもりである。それから、そのフィールドキャストのバッグも今日、身につけている。我々の間では「ボラバッグ」と言う。やはりアシックスのポーチで、紐にも本体にもTOKYO2020と書いてあり、チャコールグレーのたくさん入る丸っこいポーチだ。ちょっと重たいのと、たくさん入れると膨らみすぎてあまり格好が良くないのが玉に瑕である。だが、とにかく今日はこのボラバッグと、スーツケースを持ち、そして畳めるトートバッグ、いわゆるエコバッグを肩に掛けている。このエコバッグに、本を一冊と寒い時に着る上着と、折りたたみの晴雨兼用傘を入れてあるのだ。因みに、冷房の効いた新幹線の中では、上着を羽織っていた。下車する時にまた脱いで、エコバッグに入れたのである。


 さて、金沢駅の改札口を出る。

 金沢だー!憧れの金沢だ!

 ついに加賀百万石、石川県の金沢市に降り立った。金沢に来たのはもちろん初めてだ。中学生の頃から、何故か金沢に行ってみたいと、ずっと思っていた。金沢に行って「兼六園」に行ってみたいと。遠い所にあり、歴史を感じさせる憧れの地。でも、小さい子供にとっては面白くないだろうからと、これまで家族旅行の行き先にはしてこなかった。満を持して、金沢に到着である。

 ここからバスに乗ろうと思っていた。金沢は周遊バスがあるので、まずは一日乗車券を買う予定である。

 私は何しろ、何でも詳細に計画を立てなければ気が済まないタイプである。行き当たりばったりの旅は、想像すると楽しそうだが、実際にはダメだ。行こうかなー、ここに入ろうかなー、と思っても、思っただけで素通りしてしまいそうだ。「どうしようかなー」が長いタイプなのだ。即決出来ない。優柔不断とも言う。だから、予め行動を決めておかないと、何も出来ずに終わるのだ。長い経験上、自分の事が大方分かっている。これは中年のなせる技。不惑の何とやらだ。

 金沢駅の改札口を出て、まずはスーツケースをロッカーに入れようと思う。どこの観光地でも、主要な駅のロッカーはほぼ埋まっている。改札に近いほど早く埋まってしまうので、少し歩いて遠い所へ行くしかない。そうすると、大抵空きが見つかる。今日も少し歩いて探しに行ったら、空いているロッカーが見つかった。

 中型ロッカーにスーツケースを入れ、肩に掛けていたエコバッグから重たい本を取り出して、それも入れた。ボラバッグを斜め掛けにし、軽くなったエコバッグを肩に掛け、いざ観光に出発だ。

 東口から外へ出る。すると、頭上にはガラス張りの天井が。バスターミナルの上が全てガラスの屋根で覆われていた。今は雨が降っているようだが、この天井のお陰で傘が要らない。ありがたい。

 ここのところ、北陸では警報級の豪雨が続いていた。金沢市内もよく、大雨のニュースに出ていたくらいだ。山や川に近づくわけではないので、心配はしていなかったが、天気が悪い事は覚悟していた。

 さて、バスターミナルには窓口がいくつかあるのだが、そのうちの一つ、北陸鉄道の窓口で「金沢市内一日フリー乗車券」というのを売っていた。1枚買う。厚紙が小さく二つに折り畳んであり、表には大きく22.8.17と日付が刻印してある。そして和テイストなイラスト入りだ。裏には利用できるバスが写真入りで示してあり、開くと中には注意書きがある。600円である。一緒にくれたパンフレットは、開くと内側には、大きな地図が印刷してあった。もちろんバスの路線が引いてある。

 バス乗り場はいくつかあり、もうすぐ来るバスの所には行列が出来ていた。けっこう人が多い。地図を見て、乗りたい路線はここだと思って並んでいると、バスが入って来た。乗ろうとしてバスを目の前にした時、行き先を見て気がついた。私が乗るべきは、このバスではない。

 危ない、危ない。早速間違えるところだった。私がまず行きたいのは近江町市場(おうみちょういちば)である。せっかく並んでいたのに、正しい方へ並び直した。やれやれ。いつもこれだ。おっちょこちょいなのだ、私は。そう、既にお気づきの方も多いだろう。長男は私に似たのだ。

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