第21話 崩壊する王宮

「おそらく、この雨は止みません」


「は?」


昨日の夜から降り始めただけで、どうしてそんな話になるんだ?

止まない雨なんてありえないだろう。

首をかしげていたら、騎士団長は嫌な笑い方をする。


「ちなみに言っておきますが、我が家は雨が降っていません」


「は?降ってない?」


「アーンフェ公爵家以外の公爵家当主はエルヴィラを当主と認めました。

 変更は認めません。そのおかげで屋敷も領地も無事です。

 激しく降っているのは王宮と王領です。

 あぁ、エミールに関わる場所も降っているでしょう。

 ……一か月後、収穫できる田畑が残っているといいですが、無理でしょうね」


王都にある公爵家の屋敷では雨が降っていない?そんなわけがあるか。

精霊だなんだと嘘をついて公爵家を名乗っているだけじゃなくて、

他の公爵家まで惑わせているとはどういうことだ。


ベッティルを支えると約束していなければ、

アーンフェ公爵家などつぶしても良かったかもしれん。

まぁ、エミールが継いだ後は精霊だなどおかしなことを言うことはないだろう。


「今の状態では理解できないでしょう。

 一か月後、その責任は取ってもらいますから」


「なるべく早く理解してくれると助かります。

 被害が大きければ大きいほど、退位後の生活は苦しくなりますからね」


王太子はぺこりと頭をさげると騎士団長と一緒に謁見室から出て行った。

これでは、どっちが本当の父親なのかわからない。

子育てなど王妃に任せっきりだったのは否定しないが、腹が立つ。

だが、説教が続くと思っていたのに、あっさりと帰っていったのには驚いた。


「……陛下、どういたしましょう……」


あの二人にどれだけ説教されたのか、宰相は弱気になっているようだ。

もう帰ったんだし、気にしなければいいのに。


「大丈夫だろう。責任と言ったが、雨が止めばいいんだろう?

 たまたま降っただけでそんな大騒ぎすることも無いだろうに」


「本当に止むんでしょうか……?」


「すぐに止むさ。さぁ、もういいかな。私は部屋に戻る」


今日の分の仕事は終わった。今日は部屋で何をして遊ぼうか。

第二妃のところにでも行こうかな。

ベッティルの結婚相手が決まったって教えてあげたら喜ぶだろう。





あれから三日たった。まだ雨は止まない。

少しおかしいかもしれないと思い始めた。


今日は前宰相から手紙が届いていた。なんて愚かなと嘆く手紙だった。

今の宰相は二男ではあるが、出来が悪いほうの息子だった。

長男が当主として宰相を継ぐはずが、

私の宰相として働くのは嫌だと生意気にも拒否したのだ。


おかげで何もわからない二男を宰相にするしかなかった。

まぁ、これはこれで気楽でいいのだが。馬鹿な国王に馬鹿な宰相。それでいい。

事務的な仕事は王太子と第二王子が勝手にやっている。問題はない。





一週間がたって、王宮のあちこちで雨漏りがし始めるようになった。

頑丈に作られている王宮で雨漏りがするのはおかしいだろうと思ったら、

小さな雲があちこちに出没するだなどとよくわからない報告がきた。


雨が降りすぎて使用人たちもおかしくなったのかと思ったら、

自室の天井付近に小さな雲ができているのを見つけた。


「……雲?」


小さな雲がうろうろし始めたと思ったら、私の真上に来た。

見上げている私に向かって雨が落ちてくる。

あっという間にびしょぬれになってしまった。


それからはどこに行っても雲が追いかけてくる。

寝ていても、二時間もすれば真上に雲ができて雨を降らせる。

王宮にいるものすべてが寝不足になり、逃げだすものも出てきた。

王太子と第二王子は離宮に避難していると報告が来た。なぜだ。


「エルヴィラを……エルヴィラを呼べ!」


この不可解な状況が何なのか、エルヴィラならわかるだろう。

早く何とかしろと命令するつもりで呼び出したのに、エルヴィラは来なかった。


「エルヴィラ様は精霊王の命令で敷地の外に出られないそうです!」


「そのような嘘をつくなど!」


「いえ、嘘じゃありません!

 わたくしは敷地の中に入れませんでした!

 何か透明な壁があるかのように阻まれ……

 しかも、アーンフェ公爵家の敷地の中は雨が降っていませんでした!」


「……雨が降っていない?どういうことだ」


そう言えば騎士団長が何か言っていた。

公爵家の敷地内では雨が降っていないと……あれは本当の話だったのか?

なぜ公爵家の敷地内だけ雨が降っていないんだ?ずるいだろう。


「もう一度呼びに行け!エルヴィラを連れてくるんだ!」


それから何度も呼びに行かせても返事は同じだった。

当主変更の儀が終わるまで敷地から出られませんと。

使者に無理やり連れてくるように命じても、敷地の中に入れないので無理だと言う。

試しに違うものに行かせても答えはまったく同じだった。

最後には宰相に行かせてみたが、宰相までもが同じことを言う。


「何が起きているんだ?」


何もできないまま十日が過ぎた頃、今度は虫とネズミが発生し始めた。

どこからともなく虫が入り込み、部屋中を飛び回っている。

食料のあるところではただでさえカビに困らせられていたのに、

残り少なくなった食料をネズミが食いつくしてしまった。


新たに食料を運んで来ようと思っても、王領も大雨で馬車で運んでくることができない。

雨、虫、ネズミ。カビと腐った匂い。

眠ろうとすれば邪魔され、食事もままならない。

少しずつ使用人の数は減っていき、騎士の姿も消えていく。

中庭は湖のようになり、古い建物は屋根が崩れ落ちてきている。

もうすぐ二週間がすぎるのに、雨は止まず、むしろひどくなっていた。


「……エルヴィラに聞いてこい。どうしたらこの雨は止むのかと」



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