06

――翌日になり、シグリーズたちは馬車に乗ってデュランフォード国へと向かっていた。


デュランフォード国までは歩いて数日はかかるが、馬車ならば夜には目的地へたどり着く。


ドルテが手配してくれた乗合馬車のため、他にも数人の客が乗っているが、わざわざ彼女が気をかせて用意してくれたので文句は言えない。


「今日はいい天気だね、アルヴ。見てみなよ。鳥たちも気持ちよさそうに飛んでいる」


陽気が良いせいか、他の乗客は皆眠っていた。


馬車の動きに合わせて、全員まるで振り子のように揺れている。


これも非武装地帯であるユラならではの光景だ。


遠くからは鳥の声が聞こえ、目の前に広がる平野も実におだやかである。


この平穏さは他の地域ではまず考えられない。


「ねえ、シグ。本当に依頼を受けるの? 今からでもいいから引き返そうよぉ」


他の乗客がうたた寝しているのもあって、彼らには見えないアルヴも普通に話をしていた。


その発した言葉や態度からわかるが、彼女は今回の仕事を引き受けることを嫌がっている。


「そうはいかないよ。私たちだっていつまでもドルテにたよってちゃ悪いじゃないの。ここでしっかりとかせいで少しでもお返ししていかないと」


「でも、ドルテは気にしなくていいって言ってくれてるじゃん」


「あんたねぇ……。昨夜もドルテに甘えて飲みまくってたんでしょ。いつまでもそんな生活が続くと思ってちゃダメだよ。自活しなきゃ」


「えー、いいじゃんいいじゃん。ドルテは優しいからあたしたちを見捨てたりしないよぉ。いつまでもおんぶにだっこ、すねをかじっていこう」


アルヴは、シグリーズの肩で駄々をこねる子供のようにバタバタと手足を動かしていた。


なんていう体たらく。


この妖精は本当に女神の使いか?


最初から生意気なところはあったが、お酒を覚えてからというものどうも自堕落じだらくなってしまっている。


そう思ったシグリーズは、改めて金を稼がねばと自分に言い聞かせていた。


「その話は置いておいてさ。依頼主はあのラースだよ。シグだってあいつがどんな奴かあたしよりわかってるでしょ。あいつは仲間ですら人を人と思っていないようなクソ野郎じゃん! 今回だって、絶対にシグを呼び出すためのわなに決まってるよ!」


「それは昔の話。今の彼がどうなってるかわからないのに、イメージでものを言うのはよくない」


「イメージじゃなくてデータだよ! シグはあいつに殺されかけたのを忘れちゃったの!?」


アルヴが仕事を断ろうとしているのは、何もなまけたいからではなかった。


彼女は心配なのだ。


よりにもよってあの男――ラースがシグリーズをやとおうとしていることが。


依頼主であるラース・デュランフォードとは、その名でわかるがデュランフォード国の王である。


魔王軍との戦いで両親は亡くなり、二十九歳という若さで王になった人物だ。


ラースは以前シグリーズたちとは、彼女がまだ冒険者をやっていたときに揉めたことがあった。


当時のラースはまだ王ではなく、そこらにいる悪漢をまとめ上げ、力で無理やりにしたがわせていた冒険者の一人だった。


魔王軍と戦ってはいたもののともかく粗暴そぼうそのもので、彼と関わった冒険者や助けてもらった人間たち、さらには子分らにさえも嫌われていた。


しかしその実力は本物で、魔王を倒したアムレット·エルシノアと同列である、カンディビア四強の一人として数えられている。


カンディビア四強とは、アムレット、ラースを含めた魔王軍との戦いで名をせた者――四人の冒険者らのことで、当然、底辺冒険者だったシグリーズはその中に入っていない。


まさに雲泥うんでいの差がある両者だが訳あって深い因縁があり、アルヴはラースに極悪非道な印象しかないので、彼とは関わらないべきだと主張しているのだった。


ただでさえ恐ろしかった男が、今や一国の王なのだ。


もしアルヴが知るラース・デュランフォードのままだったら、のこのこと現れたシグリーズが報復ほうふくされる可能性は高い。


これはさすがに、アルヴが仕事を断るように言うのも仕方ないといえる。


「心配性だな、アルヴは。大丈夫だって」


「シグがお気楽すぎるんだよ」


「そもそも依頼内容はデュランフォード国を狙っているゲルマ国との戦争の応援でしょ。私なんかに構うほど彼がひまだとは思えないよ。きっと国を守るために必死で、一人でも兵力を増やしたいってとこじゃないかな」


シグリーズが口にした通り――。


現在ラースが治めているデュランフォード国は、カンディビア大陸南部に位置するゲルマ国と戦争状態だった。


両国には魔王軍が現れる以前から長い戦いの歴史があり、魔王が討伐された後に、再び遺恨いこん再燃さいねんしたといったところか。


しかし、自国で軍隊をかかえるゲルマ国とは違って、小国であるデュランフォード国には元々戦えるだけの力は少ない。


そういう背景はいけいもあってシグリーズの中では、魔王軍と戦っていたという経験を持つ冒険者出身の者たちを、ラースがあわてて雇っているという状態――。


つまりはその中に、たまたま自分が入っていたというだけだと思っていた。


「あいつが国を守るような人間かなぁ。あたしはどうしてもそう思えないよ。他人を道具としか思っていないような奴だし……」


「とりあえず行ってみればわかるでしょう。何よりもまずは行動するのが私のモットーだしね」


「でも、それでこれまで失敗してきたんだから、そろそろそのモットーも変えなきゃダメじゃない?」


「うッ……。痛いとこ突くね、あんた……」


強い日差しを浴びながら、シグリーズたちが乗る馬車は、商業都市ユラからデュランフォード国の国境こっきょうへと入ろうとしていた。

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