03

二人はヘラヘラと笑いながらシグリーズの隣に座った。


そんな悪びれない様子が、アルヴをさらに苛立たせる。


人を待たせておいて謝りもしないのか。


だがバヴィンフィールドとストーンクリークには、妖精の姿も見えないし、声も聞こえないので意味はない。


「二人とも久しぶり。じゃあ、早速だけど何か飲もうか」


シグリーズのほうは気にせずに笑みを見せ、ようやく料理と酒を注文した。


すぐに人数分のエールが出てきて、彼女たちはグラスを交わす。


それから話題は、冒険者を辞めた後にそれぞれが何をしているかになった。


バヴィンフィールドは手芸職人の弟子としてまともな職に就き、今では冒険者時代に目をつけていた女性と結婚して、生まれたばかりの子供と三人で暮らしているらしい。


ストーンクリークも彼と同じ職場で働き、定期的に好きな演劇を見に行き、独身生活を満喫しているようだ。


「そっか。二人とも楽しくやってるんだね。そういえばパレスインターとメランタイニーは呼ばなかったの?」


話を聞き終え、シグリーズが訊ねた。


パレスインターとメランタイニーとは、彼女たちのパーティーにいた重戦士の男と魔法剣士の男のことだ。


シグリーズは、今日の集まりに当然来ると思っていたが、バヴィンフィールドは二人の名が出た途端に顔をしかめる。


「あんな奴ら呼ぶかよ」


「おいおい、そう言うなよ、バヴィンフィールド。あいつらだって元仲間だろ」


バヴィンフィールドがわかりやすく嫌悪感を露わにすると、ストーンクリークは彼を止める。


それでもバヴィンフィールドは止まらず、さらに不機嫌そうに口を開く。


「何が仲間だよ。パレスインターの奴はウチらに隠れて先に働くとこを見つけてたんだぞ。おまけにあいつには冒険者時代から嫁もいたんだ。自分だけ逃げ道を作ってた奴なんて仲間じゃねぇ。メランタイニーのクソ野郎なんてよ。ウチらを出し抜いて魔王軍との戦いに一人で参加してやがって、今ではどっかで騎士やってんだろ。あぁーマジで気に食わねぇ!」


エールをグイッと飲み干し、バヴィンフィールドは饒舌じょうぜつに話を続ける。


その様は、苛立ちから発散へと変わっているようだった。


話を聞いて、バヴィンフィールドが愚痴ぐちるのもしょうがないかもしれないと、シグリーズは思う。


パレスインターは現在、冒険者時代から関わっていた商人の下で働き、仲間の誰よりも早く妻に子供と家庭を築いていた。


メランタイニーのほうは、元々はシグリーズたちのパーティーメンバーだったが、持ち前の要領の良さで立ち回り、王宮の騎士になった。


名もない冒険者からすればかなりの出世といえ、現在のメランタイニーは平民として働いている者を見下しているらしい。


そういうバヴィンフィールドも実は冒険者をしながら働くところを探し、結婚するために動いていたのだから二人の文句を言うのはお門違いな気がするが、元々妬みやすい彼を止める者はいない。


「で、お前はなにやってんの? まさかまだ冒険者やってるとか言わないよな」


散々悪口を言って気が晴れたのか。


バヴィンフィールドがシグリーズに訊ねてきた。


アルヴはその態度から、今日の集まりが今シグリーズが何をやっているかを知るためのものだと理解する。


どうせ自分よりも良い暮らしをしてたら陰口を叩いて、まだ不安定な生活を送っていたら見下す。


この男はそういう人間だと、アルヴはムスッとした顔でテーブルにある肉に食らいつく。


「私? 私は今、傭兵をやってるよ。ほら、近頃は戦争も多いし。とりあえず冒険者のときの経験もきるしさ」


「傭兵だって? お前、そんな先のねぇ仕事で食っていけると思ってんのかよ?」


シグリーズが今何をしているかを話すと、バヴィンフィールドは口角を上げ始めた。


まるで血の臭いに群がる猛獣のように、待ってましたと言わんばかりの表情だ。


「お前ももう三十になる女だろ? いい加減にそういう実態のない稼業を辞めてちゃんとしたとこで働けよ。結婚でもして旦那と子供と温かい家庭を築いてよ」


「ハハハ、結婚か……。ちょっと今は考えられないな。そんな関係の人もいないし」


乾いた笑みを浮かべるシグリーズ。


一方でバヴィンフィールドは実に楽しそうに、彼女に迫っている。


彼は一方的に相手を問い詰めるのが楽しいのか、店に現れたときに不機嫌そうにしていたのが嘘のようだった。


そこへストーンクリークも参加してくる。


「おいおい、バヴィンフィールド。別に結婚がすべてじゃないだろ。だけどまあ、傭兵ってのは俺もどうかとは思うよ」


彼はバヴィンフィールドとは違って独身というのもあり、結婚については口にしなかったが、今のシグリーズの生き方が理解できないようだ。


「収入も不安定だし、年取ったら絶対にきついぞ。いつまでも現役でいたいってのはわかるけどよ。お前もそういうの、ここら辺が辞め時じゃねぇか」


「そうだよ。ウチらは魔王を倒すどころか魔王軍の幹部にすら届かなかったんだ。スパッと切り替えて次の人生を生きなきゃよ。いつまでも昔を引きずって生きるなんてダセーと思わねぇの、お前?」


シグリーズは何も言い返さず、ただ二人の言葉に曖昧に相づちを打っていた。


彼女は、久しぶりに会えた仲間との再会の雰囲気を壊したくないのだろう。


それにしても、少々言われっぱなしだ。


「ふん。シグがどう生きようが、お前らには関係ないじゃないか……」


アルヴはその様子を見て歯を食いしばると、勝手に店の酒を飲み始めるのだった。

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