02

――レンガ、または石造りの家が見える街並み。


鮮やかな毛織物けおりものの服を着た老若男女らが歩く道には、馬車が走り、衛兵らしき男は兜を被って槍を持って立っている。


通りには屋台や出店も並んでいて、ここの住民たちに活気があることが伝わってくる。


「えーと、たしかこの先にある店だったかな……」


シグリーズはそんな街中を歩いていた。


フードのついた服の下に鎖帷子くさりかたびらを着込むスタイルで、年齢が近い女性と比べるとまるで男装をしているかのようだ。


彼女は顔こそ整っているが、自分に女性としての魅力があると思っていないので、見た目のことは二の次にしているところがある(それでも寝癖を直すなど最低限は気をつかっている)。


それと胸と尻が小さいせいか、男というか青年に間違われることが多い。


いくら童顔とはいえ二十八歳になる大人の女性が、十代後半から二十代前半の男に見られることは、あまり喜べることではなかった。


だが、今はもう諦めている。


その理由は、いちいち反論するのも面倒だからだった。


「なんだよ、シグ。この街なら何度も来てるじゃん」


シグリーズが道を確認していると、彼女のウエストバックから飛び出してきた物体が声を発した。


その姿は、銀色の髪に赤い目をした羽のある小人の少女。


ちょっと大きめのノースリーブドレスを着ている。


「ちょっとアルヴ。ちゃんと隠れてなきゃダメじゃない。あんたは妖精なんだから、免疫がない人が見たらビックリしちゃうでしょ」


小人の少女の名はアルヴ。


この小さな妖精は、かつてシグリーズに加護を与えていた女神ノルンから頼まれ、彼女に魔法の力を授けている相棒のような存在だ。


魔王がアムレット·エルシノアという十八歳の青年に討たれた後、女神の願いもあって引き続きシグリーズについている。


「どうせ見えないって」


「でも、たまにいるんだから、街中じゃバックに入っててよ。見えた人にあんたのことを説明するの、すっごい大変なんだからね」


「じゃあ、あたしが自分で説明するよ。だからいいでしょ」


妖精であるアルヴの姿は、特定の人間にしか姿が見えないため、彼女はそれを良いことによく盗み食いをする。


さらにいたずら好きなところもあり、特に気に食わない人間には苛烈なことをするときもある。


その度にシグリーズが注意するのだが、なかなか直ってはくれないのが現状だ。


今日はこれから、シグリーズは昔のパーティーメンバーと久しぶりに再会することになっていた。


彼女たちがいる街の名はユラといい、このカンディビアという世界では中央に位置する商業都市である。


シグリーズは冒険者をやっていたときに何度も訪れていたが、やはり久しぶりというのもあって道に迷ってしまっていた。


「ねえ、シグ。あの酒樽さかだるが看板の店じゃないの」


「あっ、なんだ。目の前にあったんだ」


アルヴはシグリーズのことをシグと呼ぶ。


この略称りゃくしょうは、アルヴが彼女と出会ってからつけた呼び名だ。


ちなみにアルヴ以外で、シグリーズのことをシグと呼ぶ者はいない。


「はぁ、なんでこあたしが気がついて、シグが気がつかないのかなぁ……。やっぱシグって残念というか、どっか抜けてるよね」


「うっさい! ちょっと気がつかなかっただけでそこまで言うな!」


道行く人たちが、シグリーズのことを不可解そうな顔で見ていた。


彼ら彼女らにはアルブの姿が見えないので、何を一人で怒鳴っているんだとでも思っているのだろう。


これはよくあることで、シグリーズはわかってはいるものの、つい声を張り上げてしまうことが多かった。


気を取り直し、酒樽が看板の店へと入る。


テーブルとイスが見え、それらに多くの客がついて、酒を浴びるように飲んでいた。


まだ昼時だったが、この商業都市ユラではめずらしいことではない。


シグリーズは店内を見回すと、カウンターにいる店主の男に声をかけた。


店主の話によると、どうやら彼女が約束した人物たちは、まだ店に来ていないようだ。


だが、それでも予約はしていたようで、シグリーズは店主に言われるがままカウンター席に腰を下ろした。


「なんだよ、もう待ち合わせ時間になっているのに、遅刻なんてさいあくぅ。それに予約なのにカウンター席なの?」


アルヴは、ほおをふくらませてムスッとした顔で言った。


確かに誘っておいて遅れ、予約なのに粗末な席というのはあんまりな気がする。


シグリーズはそんなアルヴを宥めたが、妖精の機嫌は直るどころか、さらに酷くなった。


その理由は、約束した人物が、その後一時間経過しても現れなかったからだ。


当然、席についてから何も注文しないシグリーズに、店主の態度も悪くなる。


彼女としては、約束した人物が来てから食べたり飲んだりしたいのだが、店側からすればそんなことは関係ない。


待たされ、店主からは冷たい視線を向けられ、まるで針のむしろに座るような状態でいると、ようやく約束した人物が現れる。


「よう、シグリーズ」


「なんだよ、先に飲んでてよかったのによ。相変わらずだな、そういうとこ」


中肉中背の細目の男がシグリーズに声をかけ、小柄で筋肉質の男が続けて口を開いた。


シグリーズが待ち合わせていた人物は、彼女の元パーティーメンバーであるバヴィンフィールドとストーンクリークだった。

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