2敗目 もこもこパジャマの“弟”
配信阻止には成功した。
代わりに、家族会議が開かれた。
「「………………」」
午前二時、家の一階、リビング。
会議の参加者は俺と、その妹……いや、“弟”の二人だけ。
「……お父さんたちがお楽しみ中で、良かったな」
「……」
「ほら、もう二人も若くないけどさ、仲良くて良かったじゃん。悲鳴にも気付かなかったし」
「…………」
「だから、な?」
俺は必死に、“弟”に話しかけていた。
サキュバスコスから着替えても、俺の脳はまだ、彼を妹と認識したがっていた。
黒のボブカット。
ジト目がちでも綺麗な、青い目。
肌は瑞々しくて白くてすべすべで柔らかそうで。
そして、配信用の衣装から切り替わった……『もこもこパジャマ』。
「……」
もこもこパジャマについて解説しよう。
ピンクと白のボーダー、もこもこ、冬なので当然長袖。
男が着るパジャマじゃない。
なんかうさ耳フードも背中についてる。男が着るパジャマじゃない。
だが、男だ。
もこもこで口元を隠し、ジト目で俺を睨みつつ、リビングの椅子にちょこんと座っている。
その姿はピンクと白のもこもこパジャマ。
フードを被れば兎さんになる。
かわいい。
だが、生えている。
「…………」
「……………………」
「……なんで」
「は?」
なっがい沈黙の後、ようやく弟が、神原マコトが口を開けた。
ちょっと声が低い。
配信していた時の甘ったるい声とは違う、普段通りの声。
それは機嫌が悪いから、というのもあるだろうが……男だから、低めに思えるのだろうか。
脳が破壊されそうだ。
「なんで、入って来たの」
「……配信の声、聞こえたからよ」
「ッ」
ジト目がもっと暗くなる。
虚ろな目だ。虚無っている。
「ど……どこから?」
「……お前が、エッチな衣装……」
「わぁっぁあぁあああぁあぁああぁぁぁぁぁあああああああああああ!?」
素直に話そうと思ったら、悲鳴で遮られた。
もこもこ袖で口元を隠しているのに、ボブカットの下の耳も、隠れていない目元も、真赤になってるのが分かる。
凄まじく赤い。
可愛い。
だが男だ。
「……秘密だからね!!」
可愛いと思ってたら、思いっきり言われた。
大きい声も可愛い。
「ママと神原さんには!!」
お前も神原さんだぞ。
……要するに、親父とその再婚相手……お母さんには秘密にしてほしい、という事だろうか。
ふむ。
「お前が男だって事をか?」
「違う! 二人とも知ってるよ!」
俺は知らなかったんだけど。
「配信してる事?」
「そっ……それもあるけど……っ」
まだ顔が赤くなる。
元の肌が白目だから、余計赤く見える。かわいい。
「……ボクが、女装配信者だって事」
そりゃ、隠したいなぁって思った。
それを知ってしまった俺に全力で口封じしたくなる気持ちも、分かった。
だけれど、俺は兄だ。
妹は妹ではなく弟だったが、それでも俺は兄なのだ。
「……マコト」
「ッ い、言うつもりだね? 家族なら相談すれば何とかなるとか言うんだ、お前も!」
「そんなことは」
「それなら、ボクにだって考えがあるんだよ!」
席を立つ、マコト。
ふんわりと、もこもこパジャマが動いた。
口元を隠していた手がどいて、可愛い口元があらわになって。
机越しに、それが俺に近づく。
甘い匂いがした。
「……内緒にしてくれてたら」
マコトの手が伸びるのは、もこもこパジャマの胸元。
ちらっと開ける。
鎖骨が見えた。
白い肌も、見えた。
「…………………こういう事、してあげても良いから」
俺は目を背けた。
マコトの顔が赤くなりすぎて可愛かったから目を背けたのだ。
そして、股間を沈めるために、深く息を吐く。
マコトが息を呑むのが分かった。
「分かった。父さん達には言わない。女装配信も聞かなかった事にする」
「な、なら代わりにカラダ……」
「いらない」
「えっ!?」
「その代わりに、だ」
俺は変態で、さっきの台詞にドキッとしてしまったが。
その前に、兄なのである。
「お腹冷えるような服は、やめておけよ」
俺は席を立った。
股間がバレないように、そこだけは視界から切っていた。
「…………なんで?」
背中から、弟の呟きが聞こえた。
「なんで……前のクソ親父と、違う事言うの……?」
ちらっとだけ、振り返った。
もこもこパジャマで、胸元を抑えて、うつむいている。
小柄。
もこもこ。
ピンクと白のパジャマ。
ボブカットで、悲し気な青い目。
なんか重たい過去がありそうな、美少女然とした姿。
……やっぱり、生えてる方がお得だな、と思った。
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