第18話 クリスタルゴーレム討伐配信


「あれは……ただのゴーレムじゃないな」


 突如現れた謎の魔物を睨めつけながらゴーシュが呟いた。


 その姿は巨大にして異質。

 両腕両足のみならず、体中の至るところが青水晶に覆われている。


 赤く淡い光を放つ瞳も不気味な印象を抱かせた。

 まるで洞窟内の水晶が意思を持って固まり、ゴーシュら外敵を排除しようと動いているような印象だ。


 先ほど突進して姿を現した際に体勢を崩したためか、すぐにゴーシュたちに攻撃を仕掛けてくるような素振りはなさそうだが……。


 厄介なことにゴーレムは広間の入り口に立ちはだかる格好になっていて、逃走は難しいだろう。


「ミズリー。大丈夫だったか?」

「は、はい。何とか」

「すまん。咄嗟のこととはいえ強く抱えすぎた」

「いえいえいえいえっ! ゴーシュさんが動いてくれなかったら今頃吹き飛ばされちゃってたでしょうし」


 ゴーシュの腕の中にすっぽりと収まったままだったミズリーがブンブンと首を振る。

 ちなみに今、ミズリーの心の内にあったのは「ゴーシュさんが近い!」という雑念である。


「とにかく、アレを何とかしなくちゃな」


 ゴーシュはそんな場違いな緊張に気付くことなくミズリーをそっと放し、背負っていた大剣を眼前に構えた。


「剣での攻撃が通じるか分からないが、やれるだけやってみるか。もし退路が開くようなら逃げることも考えよう」

「……」

「ミズリー、大丈夫か? やっぱりどこか痛めたか?」

「あ、いえ! すみません、大丈夫です!」


 ミズリーはすくっと立ち上がり、自身もまた剣を抜く。

 が、その剣を握る手は微かに震えていた。


 その様子を横目で見たゴーシュは「やっぱりミズリーでもあんなデカい魔物は怖いよな……」と思いやっていたのだが、その思考は的外れだった。


 当のミズリーが考えていたのは、


(ゴーシュさんに突然抱きしめられてドキっとしました! 絶っっっっっっ対に今はそんな状況じゃないのは分かってますけど、ドキっとしましたっ!!!)


 である。


(と、とにかく今は集中しないと。あのでっかいゴーレム、すごく強そうですし)


 ミズリーがどうにか思考を切り替えると、対する巨大ゴーレムも体勢を立て直しゴーシュたちに相対した。


 ――グゴゴゴゴゴゴゴ。


 その圧倒的な存在感は配信画面を通してでも伝わったようで、リスナーたちの恐々としたコメントが流れていく。


【おいおい、これはシャレになってないぞ】

【あんな魔物、今までに見たことない】

【最後の最後にとんでもないのが待ってたな】


【水晶でできたゴーレム……。どっかの配信で解説してるの見たことあるな】

【↑詳しく】

【確かクリスタルゴーレムって古代種だ。実物でしかも動いてるのは知らんが】

【ただでさえディフェンスに定評のあるゴーレム種なのに、水晶となるとめっちゃ硬そう】


【クックック。さすがS級ダンジョンだな。怖い】

【ミズリーちゃん、無理するんじゃないぞ! 逃げられるようなら逃げろ!】

【かなり硬いだろうな。剣でどうにかできると良いが……】

【それでも大剣オジサンなら……。大剣オジサンならきっと何とかしてくれる……!】


 新種の、しかも誰の目にも明らかな強敵に、恐れおののくリスナーたち。

 しかしゴーシュは大剣を手に駆け出した。


「ハァッ――!」


 ――グゴァアアアアアア!


 対するクリスタルゴーレムも水晶に覆われた拳を振り回してきて、ゴーシュが振り下ろした大剣と衝突する。

 金属音とも打撃音ともとれる音が洞窟内に反響し、互いの攻撃は相打ちとなった。


 反動で吹き飛ばされたゴーシュにミズリーが心配そうに駆け寄る。


「ゴーシュさん、大丈夫ですか!?」

「ああ……。やっぱり硬いな。生半可な攻撃じゃ太刀打ちできそうにない」

「あ、でもあっちにもヒビが入ってますよ。まったく効いていないわけじゃなさそうです」


 ――ブゴォオオオオオ!!!


 次に行動を起こしたのはクリスタルゴーレムの方だった。


 力任せに大振りを地面に叩きつけると、隆起した地面がゴーシュたちを襲う。


「きゃっ!」

「くっ……」


 突如として放たれた遠距離の攻撃にゴーシュとミズリーは分断され、宙に浮いた。


 クリスタルゴーレムが次に狙いを定めたのはゴーシュの方。

 自身の体を少なからず損傷させられたことによる怒りからだろう。


 着地した硬直を狙って突進攻撃を繰り出し、それはゴーシュに真正面から命中する。


「ゴーシュさんっ!」


 ゴーシュは激しく吹き飛び、壁面に衝突する――かに見えたが、逆に壁を蹴ってクリスタルゴーレムの肩口に斬撃をお見舞いした。


 ――グルゴァ!?


 それはクリスタルゴーレムにとっても予想外の反撃だったようだ。

 巨体をどうにか踏みとどまらせ、心なしか更に怒りに燃えた目でゴーシュを振り返る。


【おぉおおお!】

【いいぞ、大剣オジサン!】

【今のどうなったんだ? ゴーレムに吹き飛ばされたように見えたんだが……】


【あれは確か……《浮体ふたい》と呼ばれる四神圓源流の防御方法でござるな】

【↑詳しく教えてくれ、ござる】

【敵の攻撃に合わせて自ら後方に飛ぶことで衝撃を最大限に緩和するのでござる。もっとも、常人ではそのタイミングを見極めるのは難しく、拙者もやってみようとしたが思いっきり後頭部を打ち付けたでござる。それをあのゴーレムの攻撃相手に成功させるとは……】

【オーケー。とりあえず大剣オジサンが凄いのは分かった】


【とにかく、まともに戦えてるぞ!】

【しかし決め手が無いな。相手もタフだ】

【どうすりゃ倒せんだよこんな化け物……】


「大丈夫ですか、ゴーシュさん」

「ああ。とはいっても、このまま長期戦は勘弁願いたいが」


 隣に寄ってきたミズリーと言葉を交わし、ゴーシュは油断なくクリスタルゴーレムと相対する。

 確かに若干のダメージは与えているものの、クリスタルゴーレムに動きを停止させる様子は見受けられない。


「ゴーシュさん」

「ん?」

「確か、四神圓源流には、対象の破壊に特化した剣技がありましたよね。それならあのゴーレムに致命傷を与えることはできないでしょうか?」

「あ、ああ。確かにそういう技はある。しかし、あの技を使うには……」

「ふふ。分かっています。一定時間、集中するために無防備になっちゃうんですよね。だったら、その間私があのゴーレムを引き付ければ良いんですよ」

「……」


 危険だ、とゴーシュはミズリーを止めようとした。

 が、ミズリーの青い瞳は真っ直ぐにゴーシュを見上げていて、何を言っても曲げないであろう意志を感じさせるものだった。


「やらせてください、ゴーシュさん。その代わり、ゴーシュさんならあのゴーレムを打ち倒せるって、私信じてますから」

「……分かった。絶対に倒してみせる」


 決意には決意で返すのが礼だろうとゴーシュは思った。

 そして、ゴーシュは剣を握りしめ、精神を集中させていく。


「では、いきますっ!」


 ミズリーが駆け出し、クリスタルゴーレムの注意を惹きつける。

 クリスタルゴーレムも攻撃を繰り出すが、その攻撃をミズリーは華麗に躱していった。


【おお、ミズリーちゃん!】

【いいぞっ!】

【美しいですわ!】

【ミズリー、大胆】


【躱せ躱せ!】

【あの動き、ミズリー殿も只者じゃないでござるな】

【ハラハラするー】

【頑張れミズリーちゃん!】


 クリスタルゴーレムの繰り出した拳を足場にして跳躍。剣で受け流して自身も刺突攻撃を混じえたりと。


 ミズリーのその動きは流麗と表現するに相応しく、ただの一撃ももらうことなくクリスタルゴーレムを翻弄していく。


 そして――。


「ミズリー!」


 そのゴーシュの掛け声が合図だった。


 ミズリーはクリスタルゴーレムの赤く光る眼に一撃を与え、自身は後退する。

 不意の一撃を受けたクリスタルゴーレムはよろめき、それはゴーシュにとって格好の的となった。


玄冥げんめいの名の元に、真武のことわりって応じよ。四神圓源流奥義、《玄武》――」


 ゴーシュは跳躍し、大上段から渾身の一撃を叩きつける。


 ――グガァアアアアアアアア!


 その一撃はまさに圧巻の一言だった。


 ゴーシュの全霊を乗せた剣撃はクリスタルゴーレムの硬質な水晶ですら阻むことはできず、文字通りの粉砕に成功する。


「やった! やりました、ゴーシュさん!」


 クリスタルゴーレムが大きな地響きを立てて倒れ込み、ミズリーが歓喜の声を響かせる。


 そして辺りには、戦闘の勝利を祝福するかのようなコメントが満ちていった。


【おぉおおおおおお!!!】

【キター!!!】

【大剣オジサンがやってくれた!】


【さすが俺たちの大剣オジサン!】

【S級ダンジョン、攻略じゃああああ!】

【ミズリーちゃんも見事!】


【まごうことなき神回じゃああああ!】

【とんでもねえ配信ギルド爆誕w】

【素晴らしいですわ~!】

【凄い。本当に凄い】


【同時接続数:179398 ※おめでとうございます。本日の同時接続数ランキング1位を達成しました】


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