第7話 学園の日々② 剣技訓練

 続いて一時間目は剣技訓練だった。初めての実技実習の授業。俺たちのクラスの生徒は、男女それぞれの更衣室で運動服に着替えて、体育館に整列している。


 前には、壮齢の男子教師が立っていた。


「これから私が君たちの剣技を受け持つことになる。それぞれのレベルに応じての訓練になるが、君たちを伸ばすのが私の仕事だ。基本的には叩いて伸ばす方針でゆくが、怪我には個々充分注意するように」


 静寂が流れる。


「返事は」


「はいっ、教官!」


 皆が声をそろえた――ただ一人を除いて。


「私も――そう言いたいところなんですけど」


 皆の返事の後に、ミツキの端麗な声が体育館に響く。


「勇者ハルトは、これからずっと私が個人指導を行います」


 クラスの面々が同時に息を飲んだ。俺も驚く。というか、驚愕する。


「君は……ミツキ・カフェノワール君……だったな。男爵令嬢の。言っている言葉の意味がわからないのだが」


 教師の抑揚に、怒りを噛み殺して大人の教師として冷静に努めている、という音程が隠れている。俺にもわかる。


「勇者ハルトとは個人教師として付き合うという約束をしました」


「それで?」


「私が、授業でもハルトを鍛えるのが効率的だと思っています」


「ダメだ。君は一般の女子生徒に過ぎない。勇者ハルトも勇者とは言えどまだまだレベルが足りない。聖騎士の私が直接に指導する」


「それだと、ハルトの成長が望めません」


「な……に……」


「先生を怒らせるつもりもなく、その意味もないのですが。はっきり言うとあまりレベルの高くない教師に教わることは……非効率です」


「あまりレベルが……高くない!」


 教師が絶句し、のち、ぶるぶると怒りに震えだす。


「君……貴様は……この王国に三人しかいない聖騎士の私を、レベルが低いと……」


「そうです。足りません」


「聖騎士を……愚弄する気かっ! 小娘がっ!」


「なら……。試してみますか?」


 あくまで涼しく、ミツキは冷静さを崩さない。その流れのまま、ミツキと聖騎士の教師は、模造剣で立ち会うことになってしまった。



 ◇◇◇◇◇◇



 ミツキと教師が、模造の長剣を構えて対峙している。固唾を飲んで見つめるは、俺やシャルやユーヴェを含めた一年一組の生徒たち。


 確かにミツキは昨日俺を驚かせたのだが、今日は驚愕を越えて、思考がどこかに飛んでいきそうになっている。


「怪我をさせると上がやっかいだが……」


「そうですね。手早く済ませましょう」


「暴れ雌馬には少し鞭を与えないと示しがつかないのでな。悪く思うな、小娘っ!」


 言い放つと、教師はいきなりミツキに突進した。横なぎに剣を振う。模造剣で切れることはないが、あの勢いで身体に叩きつけられると打撲では済まない。


 ――と。


 キンッ。


 乾いた音がして、剣が宙を舞う。そのまま重みで床に落ち、二三度跳ねて動きをとめる。


 俺たちが見つめる前方で二人の動きが止まっている。振った手から剣を失った体勢のまま固まっている教師。ミツキに、その喉元に長剣を突き付けられて立ちつくしている。


 呆然と。ただただ呆然と、教師は眼前のミツキを信じられないものを見るという目を向けていた。


 俺も信じられない。あの教師の事は知っている。王国三聖騎士の一人で、何度か稽古をうけたこともある。将来、勇者としてレベルが上がった時ならいざ知らず、今の俺の腕ではかなわない相手。


 ミツキが強いことも知っている。昨日の立ち合いで一閃にされたから。だがさすがに王国の聖騎士を一刀両断に出来るとは考えていなかったのだ。


 ミツキの強さを考えて、聖騎士と互角に打ち合えるかもしれない事は想像していた。ミツキが怪我をしそうになったなら、止めに入る準備もしていた。だが現実は遥かに遠く、想像外。クラスが見つめる前でミツキが剣を収める。


「これからは私がハルトを付きっきりで鍛えます。ご了承ください」


 言った後、教師に対して丁寧な礼をする。そしてクラスメートに対しても、失礼いたしましたと軽く会釈をして、不敵で自信に溢れた笑みを浮かべる。


 何も言えない教師と俺たちの前で、ミツキは俺の個人教師という既成事実を打ち立ててしまったのであった。

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