第三話
池の周囲に農地を広げて行ったのですけど、あんまり考えもせずに(こんなに人が増えるとは思っていなかったので)拡張したせいで、ちょっと無秩序になってしまいました。それに既に農民以外の職人も住み着いていましたから、鍛冶屋ですとか、木工職人、染色職人などからは水場の近くに住みたいという要望も多く出るようになったのです。
池をもっと掘っても良いのですけど、そうするとカオス具合が更に悪化しそうです。それに、私たちの町の評判は今や王国各地に広まっていて、更に移住者が増えそうな雲行きなのです。
大女神の聖女に守られたオアシスでは酒が湧く泉とパンが生える木がある、なんて誇大な評判が流れているらしいのです。行商人が続々と訪れて商品を売り買いしながらそんな事を言っていました。おかげで毎日毎日移希望者が荒地を越えてやってきます。既に移住受け入れ専門の役人を任命して担当させているほどです。
このままいけばパンク確定でしょう。サージャルも「これ以上の移住受け入れは止めた方が良いかも」と懸念しています。しかし、大女神様の加護を求めて移住して来てくれる者を追い返すのは聖女の名折れではありませんか。
私は考え、決断しました。新たな町を築く事にしたのです。
◇◇◇
私は荒地の丘を越えた先まで来ました。町からは半日ほど歩いたところです。
低い丘に囲まれた盆地です。まだ荒野というか砂漠そのもので草木一つ無い荒涼とした光景でした。日差しは緩和しているのに汗が出てきます。
一緒に来てくれたサージャルや町の有力者たちは不思議そうな顔をしています。
「こんなところに来て何をするの?」
一応、新たな町を作る構想はサージャルには話してあります。でも、こんな荒野を見せてそこを町にするなんて言われてもピンと来ませんよね。
私はサージャルに微笑み掛けました。
「まず、池を掘りましょう」
「池?」
「まずは水場が欲しいわよね」
私は地形を見ながら構想します。盆地の真ん中に池、というより湖を掘りその周囲に町と農地を作るのです。拡張性も考えて、かなり広い盆地を選びました。今の街とは丘の隙間の道で通じる事になるでしょう。こちらの丘の上に町を作れば今の町の辺りは全部農地にしてしまっていいかも知れません。
湖を作るには土の神様にお願いして土を動かしても良いのですが、この大きさですとちょっと時間が掛かりそうです。他にもやることが沢山あるので手早く済ませたいところでした。
私は天に手を翳します。不思議そうな顔で見守るサージャルたちの前で、私は祈りの言葉を神に届けます。単純な願いなら思い描いただけで出来るのですけど、細かい調整が必要な場合は声に出した方が良いのです。
『空に散らばる塵芥よ。まとまりて形を成し礫となれ。礫よ天に登って流星となれ』
十分に願いが届いたのを感じながら、私は上げていた右手をヒョウと振り下ろした。
『流星よ地を穿て!』
その瞬間、遥かな天空から流星が、火の玉が、巨大な隕石が一筋の光と共に降ってきました。
「うおぉぉぉ!」
サージャルたちはびっくり仰天していますが、私は驚きません。だって私が落としたんですもの。この流星。
流星は狙い通り、盆地の真ん中に突き刺さりました。同時に爆発、地響き、そして津波のような岩や土です。
「ぎゃーあああ!」
サージャルたちは大騒ぎです、サージャルは私を守ろうと駆け寄って来てくれましたけど、大丈夫です。事前に防御の結界を張っていますから、私にもみんなにも、もちろん町にも被害は出ないようにしてあります。
山津波がおさまり、土煙も晴れると、そこには巨大なクレーターが出来ていました。大成功です。後はこれを冷やしてから地下から水を湧き出させて湖にするだけです。飛び散った土砂で盆地は浅くなっていますから、湖との水位差で今の町まで水を流し易くなりました。農地を更に広げるにも好都合です。
私はウンウンと頷いていたのですけど、サージャルは私を抱き抱えた姿勢のまま硬直しています、
「……君の力なのか? これが?」
何を今更。
「ええ。正確には大女神様のお力ですけどね」
「……もしかしてこの力があれば、追放された時に王都を消し飛ばす事も出来たのでは?」
私は首を傾げました。
「ええ。造作もない事です。でも、そんな事をしても意味ないでしょう?」
まぁ、王宮くらい吹っ飛ばしてやろうか
、と思わない事も無かったですけどね。おほほほほ。
「……よく分かった。町の者たちには君の恐ろしさをよーく教えておくよ」
サージャルも他のみんなも真っ青な顔で何やら顔を見合わせてウンウンと頷いていましたよ。どういう意味なんでしょうね。
私はそれから一ヶ月くらい掛けて湖の形を整えたり農地にする部分に灌漑用水を掘ったり、住宅用用地の整地をと地盤固めを行ったり、森にする部分を決めたりと楽しく街作りを行いましたよ。
そして出来上がった街に住民を移住させます。せっかく造った家を壊すのは勿体無いので、私は土の神様にお願いいして大量のゴーレムを作り、彼らに住民の家を運ばせました。家が連なってゴーレムたちに担がれて運ばれて行く様子は、なかなか見ものでしたよ。住民たちは呆然としていましたけど。
新しい街は流石に大きく、移住当初はスカスカでした。ちょっと大きく作り過ぎたかなと思った程です。王都なみの二十万人が住んでも大丈夫な想定で整地しちゃいましたからね。農地も広大で、これなら移住者がどれだけ増えても大丈夫でしょう。ドンと来いです。
◇◇◇
本当にドンと来ましたよ。
移住者が。それはもうゾロゾロと。家財道具を抱えて荒野を渡る人の列が途切れない有様でした。いや、そのために大きな新しい街を築いたのですから良いのですけど。
私はなんでこんなに移住者が多いのかと不思議に思っていたのですが、サージャルに言わせると、私たちの街は税が破格に安く(一応、収穫収入の一割を徴収している)それなのに豊かで、これほど庶民にとって生活が豊かな場所は無かろうと言うのです。
しかも私は住人に土地を鷹揚に与え私有を許しました。王国では土地は王や領主のもので農民は借りて耕しているだけです。私たちの街では収穫から税を引いた分は全て農民のものですが、王国では逆で、少しの報酬以外は全て王や領主のものになるのです。
これでは噂を聞いた王国の民が王国を捨てて移住して来るのは当然ではないかとサージャルは言うのです。
おまけに、王国は私がいなくなって、私が駆け回って色々やっていた土地で次々と問題が起こっているようでした。私が川の神様を抑えていたところでは氾濫が起こり、私が毎年雨を降らせていた所では日照りになりといった具合です。
そんな風に荒れた土地が増えれば増えるほど、そこの住民は土地を捨て、噂の楽園である私の街を目指すようになります。そんなわけで王国から私の街へは人の列が途切れない状態となったのです。
人口はすぐに一万を超え、簡単に五万を超え、新しい街を造ってから僅か一年で十五万人を突破しました。大きく街を造っておいて良かったです。今や街区画は家がびっしり建つようになり、高層化も検討する必要が出て来ました。
もっとも、農地の収穫は豊富でしたから人々が食糧難に陥るような事もなく、産業ももう随分発展していましたから、今や王国からやってくる人々よりも私たちの街の人々の方が彩り豊かな服装をしていますよ。
ここまで来るともうここは私たちの街ではなく国ですね。サージャルは統治者の能力を発揮して、官僚組織を造り上げ、私たちの国の統治機構を整備していきました。人が増えるにつれて揉め事も増えましたし、不心得者も入り込むようになりましたからね。治安を守る軍隊もやむを得ず編成しましたよ。
そしてこの頃から、王国からしきりに書簡が届くようになりました。最初は大臣の誰かからだったのですが、私は見ないで捨てさせていました。ついには王太子殿下直筆の手紙になりましたけど私は読みませんでした。
流石に兄殿下の書簡は読まないとまずいということで、サージャルは読んだようですけど、内容は私には伝えないでおいてくれました。でも、私には分かっちゃうんですよね。どうも私とサージャルが王国の民を惑わして、自国に連れて行っていると非難しているようでしたね。サージャルも苦笑していましたよ。
同じ頃から私は国境を守る兵と役人に命じて、王国の貴族階級の者に国境を越えさせないように、と命じました。あまり高位でない者や没落貴族が移住してきて身分を理由に威張り散らしてトラブルになる例があったからです。
私は布告を出し、この国には身分の上下は無い事。もしも身分を理由に問題を起こした者は追放処分にする事を明確にしました。中には古くからの住民の方が新たな住民よりも偉いのだ、などと身分を作ろうとする例もあったので、そういう事も厳禁としました。
普通に働ければ私たちの国では飢えることなんてあり得ない筈ですけど、中には病気や怪我で働けずに稼げなくなってしまった者もいました。そういう者には国から食料を給付する事にします。そもそも、そうう重大な病気や怪我になった場合は、私が出向いて癒しましたよ。
私は街の中に大神殿を建て、大女神様や神々を祀りました。そしてそこでは働けなくなった身寄りの無い老人を収容する場としました。働けないと言っても神に祈る事は出来ますからね。大女神様のご加護によって成り立つ国なんですもの。祈りは大事です。
そうしている内にも住民は着々と増え、栄え、それと共に王太子殿下の書簡の回数も増えて文面も長くなったようでした。どうもあまりにも王国の住民の流出が続いたせいで、機能不全に陥った地域が続出し、領主によっては農地が完全に放棄されて破産してしまう者まで出たそうです。王都ですら人の数が減り、閑散とし始めたとか。今や完全に私たちの街、私の名前をとって「レイミリア」の方が栄えているでしょうね。
王太子殿下は焦って、私の追放処分を解くとか、サージャルになんとかしろと泣きついているようですけど、そんな事を言われてももう遅いですよねぇ。サージャルはお兄様の言う事ですから律儀に「無理です」と毎回返事を書いているようですけど。
遂には王国は軍隊を出して実力行使に出て来ました。国境を封鎖して移住しようとする民衆を通せんぼしたのです。それを国境の警備兵から聞いた私は怒りましたよ。自分たちの統治の不足を棚に上げて、民衆の希望を挫くとは何事なのかと。
私は国境に駆けつけて、王国の兵隊たちを風と火の力で吹き飛ばしました。それが何度か繰り返されると、王国の兵隊にも私の恐ろしさが伝わったらしく、国境封鎖の命令を出しても兵たちが従わなくなったそうです。
それどころか、兵たちは国境に来るとそのまま移住を申し出てくるようになりました。兵士には独身が多いです。だから身軽なのでしょう。サージャルは彼らをそのまま兵士にして、国境に近い以前の町のあたりに屯田兵として住まわせました。土地をもらった彼らは大喜びで私たちの国の防衛に携わってくれるようになりました。
レイミリアだけでは手狭になったので、私は少し離れた所にもう一つ街を造りました。こっちはサージャルから名前を取って「サージャリア」です。こちらも二十万人規模の街でしたけどすぐに埋まり始めました。何しろ今や王国だけでは無くてその西隣や南隣の国からも噂を聞いた移住者が来るようになっていたのです。
二つの都市を中心に町や村も出来まして、私たちの国は人口が百万人くらいになりました。既に王国の人口を超えてしまいました。という事は、王国からそれだけ人が減ったという事になります。民衆からの税で生きている王侯貴族は民衆が居なければ税が取れません。だから結構深刻な事態になってるんじゃないでしょうか。知りませんけど。
王国では王太子殿下が失脚したそうです。半ば引退して内宮に引き籠もっていた国王陛下に事態がバレたみたいですね。国王陛下が気が付いた時にはもう手遅れで、王都には人がほとんどおらず、城壁を守る兵士にすら事欠く有様になっていました。住民が居なすぎて市場も立てられないくらいだそうです。残っているのは貴族と王都に財産を持っている上流階級だけ。私は相変わらずそういう連中の移住を禁じていましたから、彼らの運命はこの時点で完全に詰んでいたのです。
あまりの事態に国王陛下は怒り、王太子殿下を捕らえ罰しようとしましたが、王太子殿下は南の隣国に逃亡したそうです。まぁ、南の隣国も急速に衰亡していますから、王太子殿下の未来もあんまり明るくはありませんでしょうね。
国王陛下は最終手段として私とサージャルに「二人に国を譲るから王国を助けてくれ」と言って来ました。王国は既に人が居なさ過ぎて国家の呈を為さない状態に成り果てていたのです。
サージャルは自分の父の申し出でもあり、悩んでいたようですけど、私は一顧だにしませんでした。今更王国の面倒なんて見たくもありません。王太子殿下に丸投げして内宮で遊んでいた貴方が悪いんでしょってなものです。王様なら王様らしく自分でなんとかしなさい。私が無視しているとサージャルも諦めたようでした。
まぁ、王国にはそれなりに豊かな土地もあるのですし、王侯貴族やお金持ちの人たちも人数はそこそこいるのですから、自分で汗水垂らして働けば、別に飢える心配は無い筈ですよ。私も鬼じゃないので、別に王国から神々の加護を引き上げたり呪ったりまではしませんし。
土地というのは一度潤せば良い循環が出来て、そのまま継続するものです。今では私はほとんど気候や土をいじっていません。神々のご加護は皆が熱心に祈っているからか安定していますし、このまま神々を蔑ろにするような事がなければ、私がいなくなってもこの国はずっと続いて行くでしょう。
国のみんなに強く請われて、私とサージャルは王の座に就きました。私は王族に良い思い出が無かったので王などになりたく無かったのですが、国の継続にはやはり拠り所となる王家があった方が良いと説得されたのです。指導者がコロコロ変わると民は何に従えば良いのか分からなくなると言うのです。
私は考えた末、大女神様の加護を受けた者が王になるべし、という事にしました。大女神様のご加護を受けた聖人や聖女がいない場合は仕方がないから私の子孫が王になりますが、もしも加護を受けし者が現れた場合はその者に王位を譲る事と定めたのです。
そうすれば血統を絶対視しなくなるでしょうし、加護を受けるためにみんな大女神様に熱心にお祈りするでしょう。
そして私はこの国の王に即位しました。ただ、大仰な即位式などはしませんでしたよ。でも、それでは物足りないと思った国の民は、私とサージャルの結婚式を盛大に執り行う事でこれに替える事にしたようです。私とサージャルはもうとっくに事実上結婚していましたけれど、まだ式はしていなかったからです。
という事で国を挙げて結婚式が行われました。私は国中の女性がレースを編んでくれた純白のドレスに身を包み、これまた国中の女性が金糸で刺繍をしてくれた紺色のスーツに身を包んだサージャルとともに、湖の上まで埋め尽くした全ての国の民の前で、私とサージャルは結婚を宣言し、大女神の祝福の光に包まれたのです。
人々は大歓声を上げて私とサージャルの結婚を祝い、そしてこの国の永久の繁栄を大女神を始めとする神々に祈ったのでした。
……後に「女神が創りし国」と呼ばれる事になる、偉大な帝国の、これが始まりです。
追放聖女の万物創世記~荒れ地に楽園を創りましょう!~ 宮前葵 @AOIKEN
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