軽蔑

榮樂奏多

第1話

12月25日11時30分

今日も何もないマンションの一室で起床した。

埃ひとつない、この部屋で。

いつもなら朝食を作って待っているはずの君も、今日は何故かいなかった。

だから朝食は食べず、外に出て、ただこの街を練り歩く。

何時間でも、何十時間でも、クリスマスで賑わい笑顔溢れるこの街を、ただ、歩き続ける。



13時00分

歩いていると、正面に君がいた。

大好きな僕だけの君。

君は右手に買い物の袋を持っていた。

「買い物の帰りか。」

いつもならこんな時間に家を出ないのに、と不思議に思いながら僕は、君に手を振ったが、君は、気づかなかった。

どうしても気づいて欲しくて、話しかけた。

でも君は、遠くを見たまま真っ直ぐ歩き続ける。

どうしても気づいて欲しかった。

だから、君に触れた。

でも僕の手は、君に触れることなく。



13時04分

そして、僕は気づいた。


僕は__死んでいる。


そして僕は思い出した。



12月24日11時30分

僕は、君の家で起きた。

今日はいつもより起きる時間が遅くなった。

君は包丁を握り、朝食の準備をしていた。

でも、僕の起きる時間も遅いし、もう昼食か。

僕が起きたことに気づいた君。

こっちへ来る。

『おはよう。もうすぐご飯できるよ。』

君は微笑みながら、そう言った。

でも、どこかいつもと違う、違和感のある、その美しい瞳に光の宿っていない微笑みだった。

「ありがとう。僕お茶用意しておくね。」

僕はその違和感には触れないでおいた。



12時00分

君と向かい合って座りご飯を食べる。

君の作るご飯はいつも美味しい。

『やっぱりイブは盛り上がるねぇ。』

君は外の賑わいの声を聞き、そう言った。

でも僕は、最近忙しい日が続いて、クリスマスなんて忘れてしまっていた。

「そっか、明日クリスマスだったね。」

そんな会話をしながらご飯を食べた。



13時00分

ご飯を食べ終わると、僕は眠気に襲われた。



13時04分

君は寝ている僕を包丁で刺した。

僕の体にはすんなり刺さっていった。

君は快感を覚える。

何度も何度も僕を刺した。

「僕たち兄弟だもんね。

このまま一緒にいても結婚はできないし。

でも君が他の人といるのを見るのは嫌なんだ。

君は大好きな僕に殺してもらえて嬉しいね。

だって僕が起きた時の君のあの微笑みはそういうことでしょ。

これからはずっと一緒だね。」

なんて言いながら、今朝のように微笑む。

暗く闇のようだけど、どこか美しいその瞳に吸い込まれて、僕は、僕を刺した。



12月26日11時30分

僕はまた、この時間に起きる。

死んだはずの僕なのに。

いや、違う、死んだのは僕じゃない。

「あははっ、そうか、僕が君を殺したんだった。

にしても、よく睡眠薬が効いてくれたな。」

僕は微笑む、いつものように。

動きはしない、君のことを見つめながら。


でもこれは元々、この世の中がいけないんだ。

今は多様性の時代だというのに、僕らのような同性愛を認めない人たちが数多いて、街を歩くとき手を繋ぐだけで、僕らを軽蔑するような目で見てくる、この冷たくて、僕たちにとって地獄のような世の中が。

あぁ、でも、僕たち兄弟だからそれを世に認められても意味がなかったね。

意味もないのに殺してしまったよ、君を犯罪者にしたくなかったから。

君がこの世の中にどれだけ苦しめられてきたか、僕が一番よくわかってるから。

君が犯罪者になれば、また君は地獄のように苦しめられる。

僕は君が苦しむのは、もう御免だ。

でもこれで君の望み通りずっと一緒に居られる。

これからは、鋭い刃物のような視線が刺さることのない夢のような日々が来るんだ。


でも、次に起きた場所は牢獄の中だった。

僕の夢は一瞬にして醒めた。

「あぁ、また別の地獄だ。」

またいつものように、君のように、微笑む。






貴方もきっと、どこかで僕らを軽蔑している。

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軽蔑 榮樂奏多 @strange_01

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