第2話 相模国・平塚

 夜明け前に目が覚めると、翔太しょうたの頭の上を木ノ内きのうちの式が舞っていた。

 起き抜けで頭が働かないまま、式をつかみ取ると中を確認した。


「えっ! うっそ!!!」


 思わず大声が出て飛び起きると、優人ゆうとまで驚いて飛び起きている。


「なんだよ、こんな早くに騒々しい……」


「だって……だって! 賢人けんとが……!」


 木ノ内の式を差し出すと、優人は面倒くさそうにそれをみた。


「……ん? 若山深玖里わかやまみくりって、駿人が会ったっていうあの金孤きんぎつねのときの子か。なんだってまた本所ほんじょにいたんだ?」


「俺が聞きたいよ! 賢人と一緒にって、なんでだよ!」


「それを俺に言われてもな。賢人も駿河するがに向かうみたいだから、本人に聞けよ」


 思わず布団に包まって悶絶した。

 無理を押しても本所まで行けばよかったと、今さら思う。


「起きろよ、翔太。もう出ないと小田原おだわらに着くのが夜になるだろ」


「あー、もうなんか……あーもう! なんだよ賢人~」


「ケンのヤツは秩父ちちぶから甲斐国かいのくにに入って駿河に向かうみたいだな」


「……秩父?」


 秩父と聞くとイラっとする。

 光葉山みつばやまに住む一族のことを思い出すからだ。

 安房国あわのくににある内村うちむらの実家でも、相当に探りを入れたけれど情報がまったく取れないと言っていた。


 基本的に符術師ふじゅつしたちは横の繋がりが広くて強い。

 どこの家に何人の子がいて跡取りは誰か、使う符術はどんなものか、その中でも得意とするのはなにか、など、比較的緩く情報を交換し合ったりしている。

 そうやって自分たちの符術を高めている節もある。


 武蔵国むさしのくにでも符術を使う有名な家はいくつかあり、交流を持っているのに、光葉だけは違う。

 符術を使っているはずなのに、どんな術式なのかわからないし、総領以外の情報も皆無に近い。

 ただ、少し前にどうやら跡取りの候補が三人いるらしいと聞いた。


 三人とも容姿がいいらしいという噂があって、誰もが興味を示しているのが気に食わない。

 どんだけ使えるかもわからないし、翔太を含むほかの符術師たちや櫻龍会おうりゅうかいに手を貸してくるかもわからないのに、なぜみんながそんな相手を気にかけるのか。

 そう思っているはずなのに、翔太自身も気になって仕方がない。


「ついでに光葉のようすでもみてきてくれたらいいのに」


「ケンにそれは無理ってものだろう?」


 優人が笑う。

 急かされて支度を済ませ、主人から弁当を貰うと、見送られながら宿をあとにした。

 昨日までは浮かれた気分でいたけれど、今朝は妙に足が重い気がする。


「本当に翔太はわかりやすいヤツだな」


 歩みを進めながら優人は苦笑するけれど、翔太はどうにも複雑な思いを拭い去れないでいた。

 蔓華つるはなに会いに行く、それは心の底から嬉しいと思うのに、深玖里のことも光葉のことも変に気になる。

 余計なことばかり考える自分を煩わしいとも。


 悶々としながらひたすら歩き、気づいたらいつの間にか藤沢ふじさわだ。

 優人に言われて請負所を覗いてみると、このあたりではもう野犬の案件は出ていなく、代わりに狸や狐の退治依頼が少しだけ出ていた。


「小さい案件だけど、翔太、どうする? 請けるか?」


「んん……けどこのあたりで稼いでるヤツらがいたら、なにもないってのは困るんじゃないか?」


「それもそうか」


戸塚とつかの請負所では箱根山はこねやまに多く出ているみたいだって言ってたし、まずは距離を稼ごう」


 請負所を出て川の土手に腰をおろし、宿で貰った弁当を食べながら地図を眺める。

 このまま羽鳥はとり小和田おわだ茅ヶ崎ちがさきを進み、相模川さがみがわを渡って平塚ひらつかに入るのが手っ取り早そうだ。

 川を渡るのに少しばかり手古摺ったものの、おおむね予定通りに平塚までたどり着いた。


「この辺も案件は少ないのかな?」


 請負所の扉を開くと、正面の壁には何件もの依頼書が貼りつけてある。

 思わず優人と顔を見合わせた。


「戸塚や藤沢じゃあほとんどなかったのに、やけに多いな?」


「依頼がはけていないのも気になるねぇ……どうしたんだろ?」


 見れば受付のカウンターに人の姿がない。

 普段はどこへ行っても、一人は女性が待機しているのに。

 翔太は奥を覗き込むようにしながら「すみませーん!」と声を張り上げた。


 返事とともに依頼書らしきビラを胸に抱えた女性が出てきた。

 笑顔は他所の請負所と変わらないけれど、若干、困ったような表情だ。


「それってもしかして、今貼ってある依頼書とは別口?」


「……そうなんです。急に増えて……人手もなかなかなくて……」


「一般にも開放している依頼だよね?」


 翔太の問いかけにうなずいた女性は、手にした依頼書をカウンターに広げてみせた。

 案件はほとんどが狐と狸だ。

 畑を荒らしたり、人を驚かせて怪我をさせることはあっても、目くじらを立てほどまでいつもならいかない。

 農家のかたたちで処理してしまうことも多くあるというのに、この件数の多さはなんだ?


「とにかく、数が多いんです。それから田畑を荒らすだけじゃあなく、家畜を襲ったり、時には人さえも……」


「えぇ……そんなこと、滅多にないのに珍しいねぇ……」


「難しい案件じゃあないので額も低いですし……」


 受付の女性曰く、最近、相模国さがみのくにと駿河国、甲斐国の境あたりに大きな案件が増えているせいで、賞金稼ぎたちがそっちへ流れてしまっているそうだ。


「とりあえず、すぐに櫻龍会へ連絡して派遣を呼んで。半分は俺たちが請け負うから」


 ザッと依頼書を確認して、同じ地域に出る案件だけを集めると、優人と一緒に請負所を出た。

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