第5話 相模・出国

 フラフラになって山をおりてくると、その足でそのまま請負所へ行き、依頼終了の申請をして結果確認を待った。

 浮蝶で先に知らせてあったから確認は早く、支払われた懸賞金を手に急いで宿へ向かう。


「まぶしい……眠い……」


 まだ日の高い時間だけれど、起きた時間が早すぎて睡魔に襲われ倒れそうだ。

 女将に迎えられて部屋へと戻ると、深玖里はまず先に湯を浴びてから布団へと倒れ込んだ。


 ――疲れたときに見る夢は最悪だ。


 夢を夢と認識しながら、いつもそう思っている。

 判で押したように同じ内容の夢だからかもしれない。


 ――ああ……嫌だ。

 ――ああ……もう本当に嫌だ。


 そう思いながらも、決して変えられないから。


 そして最後に、ドッ、と刀で胸を刺されたような痛みに襲われて目が覚める。

 夢か現実かがわからなくなるくらい、早鐘はやがねのように心臓が鳴り、全身の震えが止まらない。

 布団から出るともう外は夕暮れの色に変わり、街を行き交う人のざわめきが聞こえてくる。


 汗が全身をしっとりと濡らしていて、深玖里はまた湯浴みに出かけた。

 この宿専用の露天風呂もあるけれど、裏手から川沿いに向かって椿の生垣いけがき小路こみちがあり、外湯に続いている。

 にごり湯で傷や打ち身に効能があって、混浴だけれど外からはみえないように柵でしっかり囲われていた。


 水流の音がさっきの嫌な夢も流してくれそうで、外湯へやってきた。

 幸いなことに誰もいない。

 湯に浸かり岩縁に頭を乗せて、茜色に染まる空を仰いだ。


 半分青く染まる空に、赤やオレンジに染まったイワシ雲が広がっている。

 ぼんやりとそれを眺めているうちに、またあの金狐を思い出す。


「稼がなきゃ……このあと、先ずは武蔵国の多摩郡たまぐんへ行こう……」


 目的地に着くまでに、可能なかぎり稼がなくては。

 考えながら髪を洗って部屋に戻った。


 今夜は早めに休んで、明日の朝は早いうちに出かけよう。

 運ばれてきた夕飯を平らげ、窓から街道を眺めていた。

 ワイワイと賑やかな話し声が聞こえてきて、深玖里はそっと身をひそめて声の主を探す。


「……あいつだ」


 請負所で会った、内村翔太といったっけ。

 賑やかしい男だな……と思いながら少し後ろを歩く仲間らしい人影に目を向ける。


「――!!!」


 思わず身を乗りだした。

 内村翔太と一緒にいるのは甲斐の山で会った白髪の男と、昨日チンピラに絡まれていた黒髪の男だ。


「……仲間だったんだ」


 となると、あの金孤の懸賞金は三人で山分けか?

 ギリギリと歯ぎしりをしながら睨む視線を感じたのか、三人が立ち止まって周囲に視線を巡らせた。


(まずい! 見つかる!)


 サッと窓から離れ、息を潜めた。

 開いた窓から声だけが聞こえてくる。


「あれー? 今、誰かに見られているような気がしたんだけどなぁ……」


「ああ。確かに俺も感じた」


「誰だろう? 可愛い子かな? 俺に告白しようとしているとかさ!」


「翔太……おまえは本当に……」


 馬鹿な会話が聞こえてきて、深玖里は顔をしかめた。


「ケン、昨日また絡まれたって言っていたよな? まさかそいつらじゃあないだろうな?」


「さあ……どうかな……」


 昨日の出来の悪いチンピラたちと間違われるのは心外だ。

 そっと窓から目を出して様子を窺ってみる。


「またケント? 絡まれすぎじゃあない?」


「仕返しに現れたら面倒だぞ」


「でもあれは、おれのところに来るっていうより……」


 黒髪の男の視線が深玖里に向き、一瞬、視線があった。

 また慌てて顔を引っ込める。

 三人はあれこれと話しを続けながら、だんだんと遠ざかっていく。


 これから宿に戻るんだろうか。

 というか……まさかあの三人が仲間だとは思わなかった。

 別々に行動していたようだけれど、みんな符術師なんだろうか?

 三人がそろっているところに、できれば遭遇したくない。


「寝よう。寝て明日は明るくなる前にここを発とう」


 深玖里は急いで女将のところへ行き、早朝に発つことを伝えて朝食を断り、変わりに弁当を頼んだ。

 宿代は先に支払いを済ませ、早々に床についた。


――翌朝――


 まだ暗いうちに起きだして、用意してもらった弁当をカバンに詰めると、早足で街道を歩く。

 街はずれに来たところで、後ろから深玖里を呼ぶ大きな声が追ってきた。


「深玖里ちゃーん! 待って待って!」


 大きく肩を落としてから振り返った。

 追ってきたのは翔太だ。

 後ろには白髪の男も黒髪の男もいる。


「静かにしなさいよ! 今、何時だと思っているのよ!」


「あー、えっと三時半だねぇ」


「まだみんな眠っている時間じゃあないの。そんな大声張りあげて」


「ごめーん。だって姿がみえたからさ、嬉しくなっちゃって。昨日は会えなかったし。デートしようって約束したのに」


「アタシはそんな約束してないわよ」


 くるりと向きを変え、早足で街の出口へと歩く。

 小走りで追ってくる翔太は、そんな深玖里の言葉をまるで無視して次々に話しかけてくる。


「ね、ね、次はどこの街に行くの?」


「関係ないでしょ」


「俺たちはね、次は武蔵の荏原郡えばらぐん


「あっそ」


「深玖里ちゃんは? 同じならさ、一緒に行こうよ。あ、あっちはね、優人ゆうと賢人けんと白髪はくはつのほうが優人でね、黒髪くろかみのほうが賢人」


 チラリと二人に目を向けると、二人の視線も深玖里に向く。

 どちらも深玖里を覚えていないのか、まるっきり無反応だ。

 若干、イラっとする。

 街道の分かれ道で、深玖里は翔太と反対に歩き出した。


「あれ? 深玖里ちゃん、荏原郡はこっちだよ?」


「誰が荏原郡に行くっていったのよ。アタシは多摩郡に行くの!」


「えーっ! じゃあ、ここでお別れじゃん……でも縁があればきっと、また会えるよね。多摩と荏原じゃ行き先が違うけど、きっとまた会えるって俺は信じているから」


 やけにしおらしいことを言いつつも、ムカつく決め顔で、その手はしっかりと深玖里の手を握ってきた。

 それを力いっぱい振りほどく。


「縁なんかないわよ!」


「そんなことないよ! 次に会ったらさ、そのときは本当にデートしようね」


 ――まだいってる。


 浮足立って荏原への道を歩き出した翔太は、深玖里に大きく両手を振る。

 白髪の男と黒髪の男は、深玖里に軽く会釈をしてから翔太のあとを追いかけていった。

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