第4話 甲斐・山越え
うねった山道、峠からは街が一望できる。
まだまだ先は遠い。
足も背中も痛みはまるで感じないけれど、歩きにくさと動き辛さに、やっぱり自分は怪我を負ったんだと思い知らされる。
ここまでずっと、さっきの出来事を考えていた。
あのとき、妖獣に倒されて頭を打ち、気を失う
白髪の男が奇妙な武器を手に雑魚をあっという間に蹴散らしたのを。
風が巻き起こり飛ばされた奴らが木々の枝にぶつかって消えていった。
男の動きは無駄のない舞のごとく美しく、見惚れたまま気を失ったのだ。
意識を取り戻してから、男は終止申し訳なさそうな表情をしていたけれど……。
山の中をひぐらしの鳴き声がひびく。
本当なら今ごろはもう街に着いて、湯にでも浸かってのんびりしていただろう。
なのに、まだ山の中。
別れ際に渡されたお金を数えたら六万と少しあった。
安宿に泊まれば二日どころか、もっと滞在はできるけれど、掴み損ねた懸賞金がどうしても頭から離れない。
豪遊する気はないけれど、大金が手に入れば後の旅も楽になるし、足りなくなってきた呪符も作れたのに。
(あ~あ……あいつのおかげで今夜は野宿になっちゃうじゃないのさ)
このまま歩き続けても陽が落ちる前に街へ着くのは無理なようだし、民家は近くにありそうだけれど、そこまで行くのも億劫だ。
それならいっそ、この辺で一晩過ごしたほうが気も楽というもの。
「どうかなさったの?」
どこか身を隠せるような場所を探してキョロキョロしていると、後ろから声をかけられて驚いた。
振り返るとお婆さんが立っている。
足の包帯をみて驚き、駆け寄って来た。
「まあまあ、大変! 怪我をしているじゃないの」
「ええ、ちょっと……いろいろとあって……」
「あなた、まさかこれから街へ行くつもりなの? ここからじゃあ、まだまだ遠いのよ?」
「はい……でも、夜中には着くかなって思って。ただ怪我が思ったより辛くて……この先、どうしようか悩んでいたところなんです」
痛みはないけれど、身体が重いのは本当だ。
ちょっとおおげさに顔をしかめ、太ももをさすってみせた。
お婆さんは手荷物を足もとに置き、ほかに怪我はない? といってそっと肩に触れた。
「うちへ来なさいな。少し歩くけど街へ行くよりはうんと近いからね」
「でも……」
「この辺りは野盗が出ることもあるし、夜中に女の子の一人歩きは危険なのよ。寄っておいきなさい、朝に発てば安心でしょう?」
「ありがとうございます! 本当は心細かったんです! よろしくお願いします」
鼻をすすってお礼を言い、ぴょこんと頭を下げながら、内心
(しめた)
と思った。
女の一人旅はこういうときに便利さを発揮する。
たまにハズレる場合もあるけれど。
その晩は老夫婦に手厚くもてなされ、食事をごちそうになり、湯までいただいた。
こんなときには遠慮はしない。
傷を念入りに洗い、太ももは自分で、背中の傷はお婆さんに頼んで薬を塗ってもらった。
ここへ来るまでは何度か野宿で過ごしたから、布団で寝るのは何日かぶりだ。
朝はすがすがしい気持ちで目が覚め、朝食の支度などやれることを手伝った。
お婆さんは、もしも小腹が空いたらお食べなさい、と言って握り飯を包んでくれ、水筒にはお茶まで入れてくれた。
ありがたくいただくと、一泊のお礼にわずかばかりの心づけを渡した。
老夫婦は「お礼だなんてとんでもない」と言って、なかなか受け取ってくれない。
半ば無理矢理に、お婆さんの手に押しつけた。
「本当なら野宿をするか、夜通し街まで歩かなければならなかったのに、ゆっくり休めたんです。どうか気持ちと思って受け取ってください」
深々と頭をさげて懇願するように言うと、ようやく受け取ってくれた。
宿代に比べれば、本当に申し訳ないほど些細な金額だけれど、いざというときに、なにかの足しになればいい。
もう一度、よくお礼を言って家をあとにした。
まだ朝も早いと言うのに、山の中にはもう蝉の声がひびき始めている。
甲斐から相模に入り、街へ着いたのは昼を回ったころだ。
とにかく暑くてたまらず、まずは宿を決めて一休みした。
「このあと、どうしようかな……」
お婆さんにもらった握り飯をほおばる。
とりあえずは何日か滞在できるけれど、そのあとが問題だ。
次の街までの資金が心許ない。
軽くストレッチをしてもどこも痛まない。
「……よし!」
貴重品を小袋に詰めて腰に巻き、身支度を整えて請負所へ向かうことにした。
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