第2話 尾裂き・金色の妖獣
これできっと、対等に渡り合える――。
そう思った。
どこを見ているのかもわからないほど真っ黒だった瞳が、毛色と同じ金色に光っている。
強い殺気を帯び、明らかに敵意を持っているのがわかった。
半開きになった口から舌が垂れ下がりボタボタとよだれが滴り落ちている。
真夏の暑い時期だというのに、吐く息が煙のように白い。
舌なめずりをしたあと、咆哮をあげながら飛び掛かってきた。
森じゅうに聞こえそうなほど大きな鳴き声が頭の芯まで響く。
「もう! うるさいな! そんなに吼えなくったってわかってるっての! 嫌なんでしょ? こいつがさ!」
目の前にどさりと倒れた妖獣は、すぐに起き上がるとひとっ飛びで間合いを取り、威嚇して低い唸り声を響かせている。
刃に触れた前足から体液がにじみ出し、その足もとを湿らせていた。
つと自分のつま先に視線を移すと、大きな
「足がもげそうだろ? だよな。不用意に飛びかかってくるからそんな目に
妖獣は
どうやら人の言葉を理解しているらしい。
それにこの太刀を酷く恐れ、嫌がっているのもわかる。
「この太刀はねえ、そこいらで大枚をはたけば買える
刀身を妖獣に見せびらかすようにして目線の高さで構え、そう呟いた。
白色とも銀色とも見える刀身は、木漏れ日を反射させている。手にして以来、そう熱心に手入れをしなくとも、輝きが鈍ることはない。
抜き放つたびに思い出すのは、必要もないのに手もとに置き、ひたすらに手入れをしては眺めるだけだった父親の姿だ。
ただ物欲を満たして満足している
己には手にすべきほかの武器がいくらでもあるというのに、扱う術も知らず知ろうともせず、ただ、眺めみるだけ。
太刀のいわれを知って、なぜにそんなにも執着するのかわかった気がした。
本当にそれを手にすべきが誰であるかも。
そして今、手にしているのは自分だ。
それはそういうことだ。
否応なく父親と顔を合わせる機会が幾度かある。
その度に父親はちらりと太刀に
もう、なんの興味もないといった目つきで。
嫌な感情が胸の内で沸き立った。
こんなときに、と頭を振って思いを散らす。
目の前の妖獣を、まずはどうにかしなければ自分の身が危ういと言うのに……。
つと上げた視線の先にいる妖獣は、いつの間にか唸ることをやめていた。
こちらを見つめる眼が弧を描いている。
なにがそんなにおかしい?
問おうとして周囲の不穏な気配に気づいた。
(囲まれてる――)
何度もあげた咆哮は仲間を呼び寄せる合図だったのか!
一匹……二匹と感覚で数えて途中でやめた。
目の前のやつより身体は小さそうだけれど、その数は十を超えるようだ。
一斉にかかってこられたら分が悪い。
(確かカバンにまだ
気取られないように、努めて平静に、そう考えながら左手を下げたカバンに伸ばした。
背後から脇腹を目がけて、シュッとなにかが飛んできたのと同時に、カバンがどさりと落ちた。
たすきに掛けた紐の部分が切り裂かれている。
飛んできたなにかは妖獣の隣にピッタリ寄り添い、前足から伸びた鋭い爪をひと舐めした。
目の前の妖獣を小さくした姿だ。
周りを囲んでいるのは、あれと同等の……きっと使い魔だろう。
どれもこれも気が立っていると見え、殺気を
嫌な予感は的中で、妖獣のひと声とともに一斉に襲ってきた。
太刀を鋭く横へ振り流し、手前の数匹を薙ぎ払う。
ギャンギャンと甲高い声をあげて転がった
(一体、なんだっていうの!)
そう、なんだってこんな目に遭っているのか。
ただ、渇きを覚えて森に入ってきただけなのに。
あの男だって、どうしてこんな奴らに襲われていたのか。
一体、なにをしてこいつらをこんなに怒らせたのか。
それとも怒っているのはこの太刀に対してであって、男が襲われたのは単に妖獣の気まぐれだったのだろうか。
七匹目の身体を太刀で貫いた。
引き抜く前に左から飛びついてきた妖獣の首を掴み、両手が塞がる。
(しまった――!)
太ももに喰らいつかれて激痛が走り、左手に掴んだ妖獣でそいつを叩き落とす。
無防備になった背を別の奴に裂かれ、思わず悲鳴をあげた。
血の匂いに奴らが気色ばんでるのを感じるのに、どういうわけか次の攻撃がこない。
太刀を引き、息を整えると視線をサッと廻らせた。
こちらの出方を
――遊んでいるんだ。
致命傷まで至らない傷を負わせて弱らせて、怯えて逃げ惑うところをなぶり殺しにしたいのか。
恐いのは……嫌なのは太刀だけで、その使い手である人間のほうは、まるで眼中にないということか。
フッと大きく息を吐いてから思い切り吸い込むと、ギュッと唇を結び、目を閉じて太刀を掲げた。
馬鹿にしやがって!
舐めやがって!
こんなところでくたばってたまるか。
一息吐くごとに太刀に気がこもる。
淡い色をした刀身が
集中力が最大まで高まったところで目を見開く。
太刀の異様さに
一歩退いてわざと間合いをあけ、動きのばらついた奴らを確実に一匹ずつ仕留めていく。
徐々に仲間が減り始めたせいで、高みの見物を気取っていたでかい奴がすっくと立ちあがった。
その横に添っていた小さな奴が、細く長い声をあげている。
あんなにもうるさかった蝉の声が今はまったく聞こえない。
それなのに森の中はやけにざわついていた。
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