第3話 獣師・羽後の雪
今朝は早くに村の男衆が海へ漁に出ていって、畑の手が足りなかったらしい。
「雪ちゃん」
呼ばれて振り返ると、同じ獣師の
「岳ちゃん、久しぶりじゃあない? 今日はどうしたの?」
「うん……ほら、最近はやけに物騒なことが多いだろう? 雪ちゃん、どうしているかと思ってさぁ」
「岳ちゃんのところも? このあいだ、お
「
ほかの地域はどうなんだろう?
「なんだか気味が悪いよねぇ。俺のところは川沿いに集落が続いているから人も多いし、心配になるよ」
「なにかあったら声をかけてよ。岳ちゃんのところから一番近いのは私なんだもの。手が足りなかったら遠慮なく言ってね?」
「雪ちゃんこそ、なにかあったら声をかけてよね。ところで今日は、迅はいないの?」
「
岳の眷属の
真っ白で胸のあたりだけ毛足が少し長い白影は、スラッとしてとても可愛らしい。
迅のやや黄みがかった白とは違って、銀色に輝くほどの白さだ。
「白影、いつも奇麗ねぇ……」
「そうお? 最近はねぇ……忙しいでしょう? 毛づくろいもろくにできないのぉ……」
白影はしょんぼりうつむく。
「そうなの? でも今日もとっても奇麗よ?」
尻尾を大きく揺らして目を細める白影は、嬉しそうに含み笑いを漏らした。
「ありがとぉ。そういってもらえると嬉しいわぁ」
ざわざわと木々を揺らして風が吹き抜けた。
まだ昼だというのに、あたりが薄暗くなっていく。
いつの間にか、すぐそこまで
「やだ……雷雲がきてる。通り雨だといいんだけど……」
「本当だ。急に暗くなったなぁ……」
岳が言いかけたとたん、大粒の雨がバタバタと落ち始めた。
畑仕事をしていた村の人々は、大慌てで家へと駆けていく。
雪も岳と白影をうながして家へと招いた。
「きっとすぐにやむと思うから、ついでにお昼でも食べていってよ」
「悪いなぁ……雨がくるなんて思ってもいなかったから……手みやげでも持ってくれば良かったよ」
「そんなこと、気にしないでよ。大したものは出せないんだから」
囲炉裏に火をかけたとき、外で雷が光った。
直後、大きな雷鳴が響き、白影の尻尾が大きく膨らんだ。
「近くに落ちたのかしら? すごい音だったね」
「うん、雨もひどいなぁ」
雨音はさっきより大きくなり、何度も雷が鳴っている。
雪は迅がまだ戻らないことで、少し不安になった。
「迅……大丈夫かしら……」
「樹士王さまのところなら、迅の足だとすぐだろうけど、この雨と雷だから、どこかで雨宿りでもしているんじゃあないか?」
「そうね。いくら獣奇でも、この雨じゃあ走るのもしんどいだろうしね」
窓のすだれを下げて、雨が降り込んでくるのを防いだ。
不意に外でなにか聞こえた気がする。
下げたすだれをまた上げて、外の様子を窺ってみる。
「雪ちゃん? どうかしたかい?」
「うん、今ね、なにか聞こえたような気がして……」
「雷が酷いから、近くの子どもが怖くて泣いているのかな?」
「ん……そういう感じじゃあないような……」
激しい雨に視界が遮られて、村の様子がよくわからない。
なにか嫌な予感がする。
目の前が突然、真っ白に光り、轟音とともに地面が揺れた。
「これは相当、近いところに落ちたんじゃあないか?」
岳も立ちあがり、雪の隣に来ると外の様子をみた。
「漁に出たみんなは大丈夫かしら? 風も酷いし波が荒れそう」
「きっと、もう引き返してきているんじゃあない? さすがにこれじゃあ危険すぎるよ」
「そうよね……」
また、雷が響く。
その直後、今度ははっきりと聞こえた。
――たすけてぇ!
雪は岳と顔を見合わせた。
「今の、聞こえた?」
「うん。雷が住居に落ちたのかも」
「行こう。助けに行かなきゃ」
雪と岳は傘をかぶると、家を飛び出して助けを呼ぶ声のほうへ駆けだした。
「
雪は眷属である山犬の霧を呼んだ。
影がゆらぎ赤茶の大きな体が現れると、走る雪の横に並んだ。
「すごい雨だな……雪、なにかあったのか?」
「雷が落ちたみたいで助けを呼ぶ声が聞こえたの。場所、わかる?」
霧は走りながら左右をみるも、雨が強すぎて臭いが良くわからないという。
山犬の鼻をもってしても場所が特定できないのか。
傘がなんの意味もなさず、雪も岳も外に出て間もないのにずぶ濡れだ。
村のはずれまで来たとき、大きな杉の木が倒れているのがみえた。
誰か下敷きになっていないだろうか?
岳と二人で駆け寄る。
「誰かいるか! 助けにきたぞ!」
岳だ叫んだのと同時に、また稲光が辺りを包んだ。
一瞬、見覚えのある影が目に入った。
「迅! 迅? 戻ったの?」
その影に駆け寄ろうとすると、目の前に霧が飛び出してきて影に向かって唸った。
「雪! 下がれ! 白影! そこにいるか!」
「うん! いるよぅ!」
「雪と岳を守れ!」
霧の向こうから、聞いたことのない咆哮が聞こえた。
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