第3話

10月14日 18時23分 (星井京香からのテキスト・メッセージ。スマートフォンに着信)

 こんばんは。

 どうですかー? ちょっとはよくなってきてるのかな。

 いくつか報告があるので、メッセージを送らせてもらうね。大した内容じゃないけど。

 二ノ瀬からのメールにもあったと思うけど、わたしと耳野さんで教授のアドレス帳に載ってた番号を当たってみました。主に海外の連絡先をね。

 で、結果から言うと、特に収穫はありませんでした。

 まあ、一応、何か思い出したことがあれば知らせて、とは言ってあるから、明日以降連絡が来るかもしれないけど。

 あと、時差の関係で連絡がつかなかった人が何人かいるから、そういう人達にはこれから電話してみるつもり。

 電話代、経費で上げることになってるけど、ほんとに払ってもらえるのかな。エグいことになってるよ、これ。

 耳野さんとは、すっごい早口で喋ろう! って話したんだけどね。

 そういえば、今日の教授のお葬式、無事済んだって。娘さんから連絡があった。

 電話がバンバンかかってきてさ。弔電も鬼のように届いて。大変だったけど、ありがたかった、って娘さん泣いてた。

 ほんと、顔が広くて心も広くて、いい教授だったよねえ。

 そういえば―― って言うの二回目だけど―― あれ何? 二ノ瀬からのメール。めちゃくちゃ硬い文章で笑っちゃった。何なのアイツ。緊張してたのかな。

 まあいいや、あいつね、愛想がないけど本当は結構いい奴なんだ。思いやりだってあるんだよ。ただ、それをうまく伝えられないんだよね。

 今回のこともそうだし、児島君の病気のこともさ。あいつ、親戚を流行り病で亡くしてるんだ。だから人一倍、児島君の体を心配してるんだよ。

 でも、そういうの全然伝わってこないでしょ? 絶対そうだよね?

 ほんと、そういうところダメよね。

 何怒ってんだろ、わたし。ごめんね、勝手に騒いじゃって……

 あ、返事はくれなくていいから。何なら読まなくてもオッケー。

 何してんだろうね、わたし。じゃあね、また。



10月14日 21時04分 (耳野佳苗からのテキスト・メッセージ。スマートフォンに着信)

 こんばんは、耳野です。

 流行り病でダウンしてる人、大丈夫ですかー?

 メッセージくらいは読めるようになったって聞いて、送ってみたんだけど。

 まあいいか。一方的に打っておこう。

 いきなりであれだけど、国際電話かけるのに疲れちゃった。あれって顎の変な筋肉を使う。ポルトガル語って、日本語と違ってやたら舌を回すからねー。

 ま、メールアドレスがわかる相手にはメールで問い合わせてるんだけどさ。ほとんどの連絡先は、電話番号しか載ってないか、それすらないのよね。名前と簡単な住所だけ。それでどうやって連絡取るんだよ、って感じ。

 まったくねー。

 わたしのボヤキなんて見たくないか。ま、そうよね。

 教授、一体どこへ行こうとしてたんだろう。まさか、バル・ベルデ? だとしたら、シュワちゃん好きとしては無視できないなー!

 それに、教授とコンタクトを取ってたペレイラって人、何者なんだろうね。今のところ、アドレス帳に載ってる同名の人に、それらしいのはいないんだよな。

 もしかして、連絡先のわからないヤバい人だったりしてね。

 ……なんつーことをツブヤいてみました。はい、以上! さよなら! お大事に!

 では、またね。



10月15日 12時26分 (久地修太からの電話)

 ごめんな。

 ごめん。ずっと連絡できなかった。

 昨日の夜なんだ。いや、今朝早くかもしれないけど。とにかく、真夜中だった。

 二ノ瀬さん。亡くなったって。

 どうしてかはわからない。いや、わかってる。階段を踏み外したらしい。それで、首の骨を折って。

 ごめん、俺まだ混乱してる。こんなに時間経ってるのに。

 でも、どうしてだか、わからないんだ。やっぱりわからない。突然すぎるよ、こんなの。

 それに、なんで階段なんだよ。なんだよ、自分ちの階段を踏み外す、って。どうしてそんなことが起きるんだよ。ありえないだろ。

 先輩、酔ってすらいなかったんだぜ。それなのに、酔っ払いみたいに足を滑らしたっていうんだ。先輩の家族も動揺してる。警察が来て……

 ――

 なんだよ、お前。うが! うがが! って。ゴリラかよ。

 ――

 ちゃんと横になってんのか。寝てないと、治るものも治らないぞ。

 とにかく、もう少し落ち着いたら、また電話するよ。二ノ瀬さんが亡くなった時の状況、少し聞けたからお前にも話しておきたい。それが、なんだか変なんだ。何というか――

 いや、また、後でな。そん時に話すわ。じゃあ、な。



10月15日 16時47分 (久地修太からの電話)

 よう。

 ――なんだよ、お前。相変わらず酷い声だな。何言ってるかわかんないから、黙ってろよ。

 ふがが! って何だよ、笑わそうとしてるのか。いや、たぶん大真面目なんだろうけどさ。

 わかったよ、二ノ瀬さんのことだろ。話すよ。ただ――

 状況が少しわかった、みたいな言い方をしちまったけど、ほんとはまったくわかってないんだ。ただ、いくつか話は聞けたから、それを伝えようと思う。

 なんか、よくわかんねぇ話だけど。

 二ノ瀬さん、昨日は一昨日に引き続き、教授のうちに行ってたらしいんだ。資料を調べたりといった作業を夕方までやって、その後は自宅へ帰って、フツーに飯食って寝たらしい。

 晩ご飯は、焼うどんと焼き魚だったんだと。

 酒は飲まなかった。一滴も飲んでないそうだ。普段から、夕飯と一緒に酒飲んだりはしないほうなんだって。飲めなくはないけど、さほど飲まない、ってやつ。

 夕食後は、風呂に入って、寛いで、しばらくして二階の自分の部屋に上がっていった。いつもどおり。

 それが、先輩の母親によると、二時間ほどして下へ降りてきたんだって。

 顔色がおかしかったって。ふらふらしてて。

 母親が、どうしたの、って聞いたんだけど、先輩は、わからない、って答えたらしい。母親はもちろんまず、流行り病を疑った。それで、熱はあるの、って聞いたら、ない、っていうんだよ。

 実際、熱がある時の顔色じゃなかったらしい。なんとも言えない変な感じで、ふらーっとトイレへ行って、ふらーっとまた二階に戻っていった。

 母親は心配して、部屋を覗きに行ったそうだけど、もう部屋は真っ暗で。先輩は鼾かいて寝てて。わざわざ起こすまでもないか、と思ってドアを閉めたらしい。そりゃ、そうするよな。先輩もいい年なんだし。

 ところが、その数時間後、先輩は死んじまった。

 真夜中で、もう家族全員、寝静まってて。家中しーんとしてるところへ、階段を転げ落ちる音が響き渡った、って。

 その瞬間は、家族全員わけがわからなかったらしいけど、母親だけ、鳥肌が立った、って言ってた。

 俺も、その話を聞いて―― なんか、鳥肌が立った。

 なんか、わかんないけど。

 何なんだろう。

 なんでこうなったんだろう。

 警察。

 そう、警察が来てるらしい。家族のところへ。話を聞きたい、って。

 何の話か、って。知らない、と言いたいけど、それも聞いちまった。薬物でもやってたんじゃないか、って疑ってるらしい。

 あの二ノ瀬さんが、だよ。あの人が薬物なんかやるはずねーだろ。ケーサツってほんと、どうしようもねえな。

 ほんと、どうしようもない……

 くそっ。

 そういえばさ、二ノ瀬さん、昔、星井さんと付き合ってたんだってな。あの二人、いかにも訳ありって感じだったもんな。

 ――なんだよ、知ってたのか。直感がそう囁いた? 無駄にいい勘しやがって。

 はぁ。――ごめん、そろそろ電話切るわ。また明日話そう。じゃあな。

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